
皆さん、こんにちは。板東功太郎です。
これまで3回にわたって中国における小売流通業のDX化事情をお伝えしてきました。第1回では中国のキャッシュレス決済の普及状況、第2回ではデリバリーサービスの発展、第3回ではECサービスの特徴について解説しました。
今回は第4回として、これらのメインサービスを支える「周辺サービス」に焦点を当てたいと思います。中国で3年間生活する中で、私が特に印象的だったのは、モバイルバッテリーのシェアリングサービス、デリバリー用電動バイクの充電池交換システム、そして宅配BOXサービスの充実ぶりでした。
これらの周辺サービスこそが、中国の小売DXを支える重要なインフラとして機能しており、日本の小売業界にとっても学ぶべき点が多くあります。私の3年間の現地体験を基に、詳しくご紹介していきます。
なお、本記事で紹介する内容は主に青島市をはじめとした都市部での体験に基づくものであり、中国全土での状況には地域差があることをあらかじめお断りしておきます。
目次
1.モバイルバッテリーシェアリング:街角のどこでも充電可能 2.電動バイクの充電池交換システム:物流を支えるインフラ 3.宅配BOXサービス:24時間受取可能な利便性 4.日本の小売業界への示唆 5.まとめ1.モバイルバッテリーシェアリング:街角のどこでも充電可能
サービスの概要と主要プレイヤー
中国の街を歩いていると、至る所でモバイルバッテリーのシェアリングステーションを目にします。こちらのサービスは、モバイルバッテリーのシェアサービスになります。所有するのではなく、借りるというビジネスです。ビジネスモデルとしては、レンタカーと同じです。日本でもだいぶ普及してきており、都市部のコンビニでは当たり前になりつつあります。
中国での主要なサービスプロバイダーは「街電(Street Power)」「小電(XDian)」「怪獣充電(Monster Charging)」「来電(Laidian)」の4社で、これらが激しい競争を繰り広げています。
青島市内では、コンビニ、レストラン、地下鉄駅、ショッピングモール、さらには路上の至る所にこれらのステーションが設置されており、私の感覚では徒歩5分圏内に必ず1台以上は見つけることができました。同じ店舗内に2〜3社のステーションが併設されているケースも珍しくなく、特に大型ショッピングモールでは1フロアに10台以上のステーションが設置されていることもありました。
実際の利用体験
私自身も何度かこのサービスを利用しましたが、その便利さには驚かされました。外出先でバッテリーが切れそうになった時、近くのコンビニでサッと借りて、目的地で返却するという使い方は非常に実用的でした。
周りの中国人の同僚や友人たちも日常的に利用しており、「バッテリー切れを心配せずに外出できる」という安心感が、彼らのモバイル決済やアプリ利用をさらに促進していることを実感しました。
事業者側から見たビジネスの実態
実は私自身、青島ミニストップの総経理として、このモバイルバッテリーシェアリング事業者とのパートナーシップを経験しました。元々契約していた事業者から値上げ要請があり、交渉を続けていましたが難航していました。
そこへ別の会社からより有利な提案があったため、切り替えのコストはかかりましたが、思い切ってパートナーを変更しました。結果として、お客さまにとってもより便利なサービスを提供でき、会社としてもリベート収入を確保できるWin-Winの関係を築くことができました。
この経験から、モバイルバッテリーシェアリング市場の競争の激しさと、小売店舗にとっての収益機会としての価値を実感しました。
ビジネスモデルの特徴
料金体系は時間制で、最初の1時間は2-3元(約40-60円)、その後1時間ごとに1-2元が加算されます。また、初回利用時に99-199元(約2,000-4,000円)のデポジット(保証金)を支払う仕組みとなっています。
このデポジットについては、企業が金融商品で運用しているとの見方もありますが、具体的な運用方法については各社の企業秘密であり、詳細は公開されていません。
2.電動バイクの充電池交換システム:物流を支えるインフラ
中国のバイク事情:ほぼ100%が電動バイク
まず前提として、中国で走っているバイクのほとんどが電動バイク(EV)です。日本ではガソリンエンジンのバイクが一般的ですが、中国では環境規制や都市政策により、ガソリン車のバイクはほとんど見かけません。
この電動バイクの普及により、街中は驚くほど静かです。しかし、その静かさゆえに、歩行者として歩いていると突然バイクが現れてびっくりすることもしばしばありました。特に昼食時などのデリバリーラッシュ時には、あちこちから電動バイクが現れ、轢かれそうになったことも何度かあります。
このような電動バイクの普及とデリバリー市場の急速な発展が、次に紹介する充電池交換システムの必要性を生み出したのです。
「換電」システムとは
中国のデリバリーサービスを支えているのが、電動バイクの「換電(充電池交換)」システムです。代表的なサービスは「哈啰換電(Hello Swap)」「小哥換電(Brother Swap)」などで、街中に設置された交換ステーションで配達員が数秒で充電池を交換できる仕組みです。
初めて目撃した時の驚き
初めてこのシステムを目にした時のことは今でも鮮明に覚えています。宅配ドライバーが突然道端に停車し、BOXの箱を開けて、四角い物を取り出し、バイクの中の物を入れ替えていたのです。最初は何をやっているのかまったく理解できませんでした。
しかし、そのバイクが電動バイク(EV)だと気づいた瞬間、彼が行っていたのは充電池の交換だということが分かりました。わずか10数秒で作業は完了し、ドライバーは何事もなかったかのように配達を続行していく。その光景は、まさに「物流の未来」を見ているような感覚でした。
配達効率への影響
このシステムにより、配達員の稼働効率は大幅に向上したと考えられます。従来の充電方式では電池切れの際に2-4時間の充電時間が必要でしたが、換電システムなら数秒で解決します。
聞くところによると、「1日の配達件数が以前より大幅に増加した」とのことでした。具体的な数値については個人差もあるため一概には言えませんが、配達1件あたりの単価が下がる中で、配達員の収入維持に重要な役割を果たしていることは確かです。
サブスクリプション型の料金体系
このサービスがサブスクリプション型で提供されている点も興味深い特徴です。配達員は月額200-300元程度(約4,000-6,000円)を支払うことで、無制限に電池交換が可能になります。これにより企業側は安定した月次収益を確保し、配達員側は変動費を固定費化できています。
3.宅配BOXサービス:24時間受取可能な利便性
主要サービスと設置状況
中国の宅配BOXサービスは、日本のそれとは規模と利便性において大きく異なります。主要サービスは「豊巣(Feng Chao)」「菜鸟驿站(Cainiao Station)」「京东快递柜(JD Express Cabinet)」などで、住宅地、オフィスビル、大学キャンパス、商業施設に大規模に展開されています。
私が居住していた250戸規模のマンションでは、建物の外側に宅配BOXが設置されており、合計で50個以上のボックスが利用可能でした。ただし、これは都市部の高層マンションでの事例であり、地方や農村部では設置状況が異なる可能性があります。
実際の利用体験から感じた便利さ
宅配BOXは本当に便利でした。不在票のやりとりは一切ありません。荷物が届くとSMSで通知が送られてくるので、自分の好きなタイミングで取りに行けば良いだけです。
深夜に帰宅した時でも、早朝に出かける前でも、24時間いつでも受け取れる安心感は格別でした。特に、仕事で忙しい平日に再配達の調整をする必要がないことで、どれだけ時間的・精神的なストレスが軽減されるかを実感しました。
料金体系と会員特典
多くのサービスで最初の24時間は無料、その後1日ごとに0.5-1元(約10-20円)の保管料が発生します。しかし、アリババやJDなどのECプラットフォームの会員になると、この保管料が無料になるケースが多く、実質的に「会員特典」として機能しています。
付加価値サービスの展開
単なる荷物保管に留まらず、以下のような付加価値サービスも提供されています。
・返品サービス:不要な商品をボックスに入れるだけで返品手続きが完了
・近隣店舗連携:コンビニや薬局と連携し、急ぎの買い物もボックス経由で受取可能
ただし、これらのサービスは都市部を中心とした展開であり、全国一律で提供されているわけではない点にご注意ください。
4.日本の小売業界への示唆
小売店舗にとっての新たな収益機会
モバイルバッテリーシェアリングの事業者変更の経験から感じたのは、これらの周辺サービスが小売店舗にとって新たな収益機会となっていることです。店舗の空きスペースを有効活用しながら、顧客の利便性向上と追加収入の両方を実現できるビジネスモデルは、日本の小売業界でも参考になるでしょう。
顧客の潜在ニーズへの着目
モバイルバッテリーシェアリングは「バッテリー切れ」という日常的な不便をビジネス機会として捉えた好例です。日本の小売企業も、店舗での「待ち時間」や「移動時間」といった顧客の潜在的な不便を解決するサービスを開発することで、新たな収益源と顧客接点を創出できる可能性があります。
配送効率化への応用
電動バイクの充電池交換システムから学べるのは、配送業務の効率化です。日本でも自社配送を行う小売企業が増える中、配送パートナーの稼働効率向上は重要な課題です。このような革新的なインフラ整備により、配送コストの削減と配送品質の向上を両立できる可能性があります。
顧客体験の向上
宅配BOXサービスが示すのは、「顧客の時間を奪わない」ことの重要性です。再配達の手間を省き、24時間いつでも受け取れる利便性は、顧客満足度の大幅な向上に繋がります。日本の小売企業も、オムニチャネル戦略の一環として、このような顧客接点の拡充を検討する価値があるでしょう。
データ活用の可能性
これらのサービスは、利用場所、時間、頻度などのデータから消費者の行動パターンを詳細に分析することが可能です。日本の小売企業も、単なる「効率化ツール」としてではなく、「顧客接点の拡大」「データ収集の手段」「会員制度の差別化要素」として戦略的に活用することが重要です。
5.まとめ
中国の小売DXを支えているのは、ECサイトやデリバリーアプリそのものではなく、それらを支える充電サービス、配送インフラ、受取システムといった「周辺サービス」の充実です。
実際に現地で生活し、これらのサービスを日常的に利用し、さらに事業者として関わった経験から言えることは、個々のサービスの優秀さよりも、「顧客の時間を奪わない」「ストレスを軽減する」という一貫したコンセプトが、すべてのサービス設計に貫かれていることです。
ただし、これらのサービスは主に都市部を中心とした展開であり、中国全土で均一に普及しているわけではありません。また、各サービスのビジネスモデルや収益構造については、公開されていない部分も多く、今後の動向を注視していく必要があります。
日本の小売企業がDXを推進する際も、自社のコアサービスの改善だけでなく、顧客の生活全体を支える「周辺サービス」の開発・連携に注目することが重要です。それが、真の意味での「顧客中心」のビジネスモデル構築に繋がるのです。

執筆者プロフィール
板東 功太郎
コンサルタント
2001年イオングループのミニストップに入社。
営業現場および人事部門担当者およびMgrを経験した後、2015年から人事部長として人事制度・働き方改革、ダイバーシティ推進、採用、人材育成を実施。2019年から中国子会社社長として現地赴任し、DXが進んだ国で、コロナ禍の中で経営実務を担う。
2022年から執行役員商品統括本部長(マーケティング、サービス、物流、品質管理)として、主にデジタルマーケティングを推進。アプリのグロース、EC事業の立ち上げ、デジタルサイネージ導入、販促のDX化等を実施。2024年8月クラスメソッドに参画。
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