プリズマジャーナルTOP人は何故イノベーションを受け入れるのか? 〜米国展示会から見る、アフターコロナ時代に求められるテクノロジー[前編]

人は何故イノベーションを受け入れるのか? 〜米国展示会から見る、アフターコロナ時代に求められるテクノロジー[前編]

ゴールデンウィーク、広島サミットも終わり、日本にもようやく“アフターコロナ”世界の扉が開かれてきました。空港には海外からの観光客も多く見受けられ、世界は再び動き出したように思います。

筆者は2023年に入ってからアメリカ3回、イギリス1回の出張にて、デジタル時代のマーケティングと顧客体験に関する議論が多く交わされる展示会やカンファレンスを巡り、日本と海外のアフターコロナ対応の違いをつぶさに観察してきました。New Normalな世界で、お客様と企業のつながりはどう変わっていくのか、これからのお客様の買物体験はどのような変化を遂げるのでしょうか。米国展示会で見聞きした事例をもとに、考察していきたいと思います。

1.テクノロジーの利活用が当たり前となった世界で、顧客体験はどう変わるのか

筆者は2023年に入り下記に挙げる主要カンファレンス3つを巡り、デジタル時代のマーケティングと顧客体験に関する議論が交わされる、多くのセッションに参加してきました。

・CES(世界最大級のテクノロジー見本市)
・NRF(小売業界における世界最大級の展示会)
・Shoptalk(小売業界のチェンジメーカーが多数集結するイベント)

まるで3年前に戻ったような風景ではありましたが、テクノロジーの利活用が当たり前となった今の“アフターコロナ”世界で、顧客体験はどう変わるのか、イノベーション(テクノロジー)がもたらすビジネスとは何か。このような刺激的な議論が、予想通り、多く見受けられました。

AI、メタバース、ChatGPT等々、お客様の生活体験の向上に寄与するものが雨後の筍のように生まれるアメリカという場所で、今回改めて筆者が注目したのは「これからの時代に求められるテクノロジー(イノベーション)とは何か」ということです。この疑問に対して、私が代表を務める会社、顧客時間のメンバーとも多くの議論を交わしました。

そこで見えてきたのは、「テクノロジー(イノベーション)をお客様が受け入れるには、3つの重要な要素がある」ということです。

2.「Smart戦争」〜目(センサー)と耳(Voice)の戦い〜

まずは、筆者が「Smart戦争」と呼んでいる、GAFAが繰り広げているテクノロジー普及合戦に注目してみたいと思います。

今年のCESでは、SONYの開発した車が注目を浴びました。彼らがカメラ事業で培ってきたセンサー技術が、この車のコアテクノロジーといえます。米国最大の農耕器具メーカーJohnDeerが開発した大規模農業向けの作付け機械も、高速センサーで土壌に適正な深さで種を蒔き最適な量の水を噴霧することができる「Computer eye」とも言えるテクノロジーが導入されています。これらはどちらも、人間の目を超えたテクノロジーを活用したイノベーションといえるでしょう。

一方で、耳(Voice)に関するテクノロジーはどうでしょうか。AmazonやGoogleのスマートスピーカーが、真っ先に思い浮かびます。機能としては例えば、アレクサでカーテンの開け閉め、照明のOn/Offを行ったり、プリンターに話しかけることで印刷が行われるといったものが挙げられます。

これらの一部はコロナ前から存在し、その進化版がCESやNRFでも展示はされていましたが、筆者としては利用シーンがイメージし辛く、凡庸な印象を受けました。耳(Voice)を活用したテクノロジーは、one way communication(一方通行なコミュニケーション)で、単純作業しかできない印象を受けていました。一方で、視覚センサーを活用したテクノロジーは、そのセンサーそのものが人の目の能力を遥かに超えたものであることから、人智を超えたスマートテクノロジーという印象を受けます。

目(センサー)も耳(Voice)も、どちらもスマートなテクノロジーではありますが、一見すると“目”の勝ちで、“耳”はイマイチとなり、イノベーションのスマートさに欠ける印象を受けたのです。しかし、このテクノロジーをエイジテック領域で活用しようとした場合には、少し様相が変わってきます。

エイジテックとは、高齢者の生活や健康をサポートするテクノロジーの普及を行い、超高齢社会を迎える人類の課題を解決することを目的とした技術開発のことです。センサーテクノロジーは、もちろん、高齢者にも多くの恩恵を提供することでしょう。更に、高齢化して身動きにも不自由を感じるような状況になれば、耳(Voice)のテクノロジーの進化の恩恵を受けることになるかもしれません。

人は「テクノロジーがスマートだから使う」のではなく、そのテクノロジーがもたらす機能によって、自分がどのような便益を提供出来るのかを見極めて利用しているのです。つまりテクノロジーというものは、受益者が誰か、どんな価値を提供するのか、時代性や、ターゲットカスタマーに応じて、見極める必要があるわけです。トレンドだけに流されることなく、そのテクノロジーがお客様のどんな課題を解決するのかを立ち止まって考えることが大切なのでしょう。

3.テクノロジーに求められるオーセンティック(本物感)とは?

3つのカンファレンス、複数のセッションに参加しているうちに、筆者は「ある言葉」が気になるようになりました。面白いことに、この言葉はスタートアップのCEOから大企業のCクラスの話にまで、幅広く登場していました。

その言葉とは「Authentic(オーセンティック)」です。

オーセンティック(authentic)とは、正統の、正格の、本物の、確実な、真正の、といった意味を示す形容詞です。筆者には、ファッション用語としてブランドや商品に使われる「本物志向」といった印象が想起されます。このような言葉がテクノロジーの祭典で若い人の口からも出てくる、ということの背景には、一体何があるのでしょうか?

コロナ禍で加速した「暮らしのデジタルシフト」は、多くのイノベーションと生活の質の向上をもたらしました。その側面の一方で、多くのことをオンライン上でこなすことによる、近視眼的傾向、「フィルターバブル現象」が問題になっています。フィルターバブルとは、Wikipediaには下記のように説明されています。

「インターネットの検索サイトが提供するアルゴリズムが、各ユーザーが見たくないような情報を遮断する機能」(フィルター)のせいで、まるで「泡」(バブル)の中に包まれたように、自分が見たい情報しか見えなくなること。

つまり、自分の目で正しいと思えることでも、「本当に正しいのだろうか」という疑問と疑念が、現代人には生まれてきているのです。オンラインを活用した生活の利便性を享受しつつも、人はその実態感のない生活に空虚さも感じているように思います。そのような中で、テクノロジーを活用した革新的なサービスがもたらす「オーセンティック」「本物」とは何なのでしょうか。

その答えはもしかすると自分自身の心の中にしかないのかもしれません。ただ、現代人には今、自分の審美眼や価値観を信じる力を身に付けたい、自身の価値観をしっかりと自分で見極めたいという価値観、世界観が生まれてきているように思います。

筆者はこのようなトレンドは大変良いことでもあり、これこそが前回の記事でも書いたHuman Touch Technology──筆者はこの言葉を、「人とテクノロジーの融合が真の技術利活用につながる」という意味で使っています──にもつながるように思います。

インターネット上に溢れる世間の声だけに耳を傾けるのではなく、自分の心の中にあるオーセンティシティ(本物感)を信じるということは、世代を問わず重要なことです。つまりこれからは、テクノロジーの評価もお客様の課題を解決するスマートさに加えて、本物感、これこそが自分が求めていたものだという心の高まりのような感覚も生み出す必要があるのでしょう。

4.スニーカー愛好家のためのスマートシューケースに感じる「本物志向」

「オーセンティック(本物感)」の重要性を気付かされた商品として、今年のCESで出会ったあるものを紹介します。その商品とは、韓国大手家電メーカーLGエレクトロニクスが開発した新製品、スニーカー愛好家のためのLG Styler™ ShoeCaseおよびShoeCareです。

この商品は、お気に入りのスニーカーをおしゃれに展示できる“新しい”収納ボックスで、生活空間にフィットするような佇まいを有している上に、スニーカーが嫌う湿気や、布地を変色させる紫外線から保護できる機能も備えています。ボックスの内側には360度回転するターンテーブルが装備されているので、シューズを愛でることはもちろん、スニーカーを最適な状態で保管することも可能なわけです。

これは高級スニーカー収集家にはたまらない商品のようで、更に、このような商品に対して若い人は「オーセンティック(本物感)」を感じているようでした。筆者のようなおじさんにはあまり理解出来ない──つまり、オーセンティックを感じられない商品なのですが、「ワインセラーのようなもの」だと考えれば、その価値が分かるように思えます。

新しいテクノロジー(靴の保管管理機能)をどのようなターゲット(ニューリッチ世代のシューズコレクター)に提供していくのか、そしてその商品が持つオーセンティック(本物感)とは何かをしっかり伝えていくことで、新しいテクノロジーは受け入れ、賞賛されていくように思います。

このようなイノベーションこそが、現代のテクノロジーの利活用に求められている、もう一つの大切な要素であると言えます。

(後編に続きます)

奥谷孝司

【プロフィール】
奥⾕ 孝司
エンゲージメント・コマース・アドバイザー

株式会社良品計画にて店舗、商品開発を経験。「足なり直角靴下」を開発後、2010年WEB事業部長に就任。Online売上の拡大のみならず「MUJI passport」のプロデュースを統括し、業界に先駆けてオムニチャネル戦略の立案と遂行。
2016年よりオイシックス・ラ・大地株式会社 専門役員 COCO(Chief Omni-Channel Officer)。2018年9月には株式会社大広との共同出資会社である株式会社顧客時間を設立、共同CEO取締役を務める。

<主な著書>
「世界最先端のマーケティング 顧客とつながる企業のチャネルシフト戦略」
「マーケティングの新しい基本顧客とつながる時代の4P×エンゲージメント」

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