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【2022夏 USリテールレポート】Human touch technologyで買物価値を上げよ

# 顧客体験 # 店舗DX # リテールテクノロジー # 小売業の未来 # 米国小売業 # 顧客体験価値

実に2年半ぶりの海外出張。筆者は今年7月自身が経営する株式会社顧客時間のメンバーとアメリカ New Yorkを訪れた。マスクをしないで自然に行き交う人々に戸惑いながらも、久しぶりにD2Cブランドを中心に多くの小売業視察や、サステナブル素材調査とNY市内を楽しみ、多くの刺激を受けてきた。米国で進化を遂げるサステナビリティ商品開発や、ブランド開発、そして消費者マインドの変化についての理解がNY出張目的であったので、その話はまたどこかでレポートをしたいと思うが、今回は改めて米小売業で進むリアル店舗のリテールテクノロジー活用について考えてみたい。

1. With コロナ時代の米国小売業の景色

NYにはWHOLE FOODSをはじめTrader Joe’sやWegmansと食に意識が高いお客様を魅了するスーパーが目白押しだ。郊外にはWalmartはもちろん、Amazonが昨年から展開しているスーパーamazon freshもあれば、市内にはスーパーとは呼べないがamazon goや、Amazonとスターバックスが共同出店している新しい形態のamazon goもある。

相変わらず良い意味でデジタル化が進まないがワクワクする買物体験とPB商品を提供するTrader Joe’sを尻目に、Amazon傘下のWHOLE FOODSは、優れた商品提供はもちろん、店頭受け取りサービス(BOPIS)、店舗出荷型ECとデジタルを活用した買物体験や決済機能が充実していた。Wegmansもinstacartと連携して店舗出荷型ECを自社アプリ経由でできるようにしている。さらにNY郊外のNew JerseyにあるWalmartは平日にもかかわらず店頭受け取りサービス(BOPIS)は混雑していた。また今回訪問したNY Long Islandにあるamazon freshはAmazon Dash Cart(決済機能付きカート)設置店舗ではなく、Amazon のアプリをスキャンして入退店するだけで、決済が終わるamazon goに近い店舗スタイルであったが、充実した品揃えに正直驚いた。

このようにAmazonが提供する最先端の買物体験から、オムニチャネル戦略を進めるスーパー、そしてリテールテクノロジーゼロのお店まで体感してきたわけだが、このような日用品の買物体験を通して小生が痛感したことは、楽しいリアル店舗体験とテクノロジーの融合をどの程度の按配で進めていくのがお客様にとってベストなのかという永遠の課題であった。この実現に筆者はHuman Touch Technology、人間中心主義のテクノロジー活用が必要だと考える。なぜこのコンセプトが重要なのか?ここからは具体的にAmazonが展開しているリアル店舗の考察を中心に行いながら、その意味を考えていきたい。

 

2. 買物価値の向上がないテクノロジー活用の終焉

amazon freshでの買物体験をamazon goと比べてみると、個人的にはamazon goに比べて最先端のテクノロジーを感じなかった。むしろ彼らの展開するPB商品や、惣菜コーナーの充実に目を惹かれた。お客様の買物行動把握のためにカメラはもちろん設置されている。基本amazon goと同じ体験をスーパーに拡大しているわけだが、圧倒的に「普通のスーパー」の顔つきをしている。

一方で2年半ぶりに行ったamazon goは、相変わらず品揃えには魅力は感じない。引き続きJust Walk Out体験の提供を徹底しているともいえる。コロナ前ならまだNY市内で働くビジネスマンが、忙しい中昼食などを買い求めるためにこの体験メリットを享受していたのかもしれないが、Work from Homeが定着した市内ではamazon goの無機質感だけが際立っていた。しかし、テクノロジーは一級品だ。狭小店舗であることもあり、カメラによる顧客把握は完璧だ。一方でamazon freshは店舗の広さもあるが、顧客把握は比較的アバウトでカウントミスも実際あった。また店員のいるレジもあり、そちらに向かうお客様も2割ほどいて、良い意味で少し緩い感じの買物体験を提供していたのだ。

 

一方でWegmansやWHOLE FOODSは店頭にテクノロジー感はあまりない。ただテクノロジー活用を軽視しているわけではないのは、先述の通りだ。それよりもamazon fresh以上に、良質な食材、PB商品、イートイン、グローサラントの充実が際立ち、その脇で店頭出荷型ECや店頭受け取りサービスが展開されているだけだ。賑わいは明らかに彼らの方がamazon goはもちろん、amazon fresh以上だった。

このような店舗環境や小売ブランドの差はもちろんコロナ前からあったことであり、あまり変わっていないのかもしれない。ただ筆者は改めてこのような店舗間の差をコロナ禍で直面し、店舗にテクノロジーを導入していくことの意味や意義を考えさせられた。

小売業、リアル店舗の基本として、充実した品揃えやPB商品の充実、店員による接客といった従来からある買物価値は必要不可欠だ。一方で、コロナ禍を経てお客様の買物体験におけるテクノロジー活用は進んだ。弊社顧客時間ではこのような買物行動の変化を「暮らしのデジタルシフト」と呼んでいるが、このデジタルシフトは決してリアル店舗における買物体験の軽視には繋がらない。むしろNYで見た光景は、お客様自らがテクノロジーを活用しながら、そして店舗とECを使いわけながら、アプリも必要に応じて活用して楽しそうにリアル店舗での買物体験を行っている風景なのだ。このような思いを以下の図にしてみたので参照してもらいたい。

 

コロナ前から店舗のデジタル化を進めてきたAmazonは最先端のリテールテクノロジーをいち早く導入してきた。つまりamazon goもfreshもリテールテクノロジーレベルが高いので、右側の象限に位置するといえる。一方でWalmartやWegmansはリアルにおける買物価値が以前から高い。そのことを前提にテクノロジーの導入および、リアルとデジタルの融合を進めているわけで、ここ数年で右の象限へとシフトしようとしている。そしてAmazonに比べれば縦軸にある買物価値の高さが歴史的にも先にある。逆に言えば、テクノロジー先行型のAmazonの店舗にはどうしても買物価値が低い状態に陥りがちだ。それを今Amazonはスーパーを展開することで改善しているように思える。

小売業界のプロから見れば当たり前の図であるが、この図を見て我々はどの軸のレベルを上げれば良いのであろうか?マトリクス図をみると必ずと言って良いほど右上の象限が目指すべき状態となるが、本当にそうなのだろうか?

コロナ禍を経てリアルにおける体験価値はさまざまな業界でその価値が見直されている。そしてその体験をサポートもしくは拡張し、パーソナライズ化するためのデジタル活用が進んでいる。しかしこのことを小売業におけるリアル店舗での買物体験価値と考えると、私は縦軸の向上つまり買物価値の向上なくして店舗、小売業は成立しないと考える。この買物価値の高い状態の維持が前提であり、その補助になるテクノロジーを活用した買物体験の更なる向上が望ましいのだ。だからamazon freshではテクノロジーの利便性追求型のamazon goよりも、品揃えや店舗体験に重点をおいた品揃えと店舗設計を優先しているのだろう。つまりAmazonは、小売業の原点である優れた買物体験提供向上を目指してamazon freshを展開しているのではないだろうか?程々のテクノロジーで、従来からある買物体験をひっそりと支えるリテールテック。そんな小売業の風景こそがまさにWithコロナ時代に求められる店舗体験であるように、amazon freshを見て感じたのだ。

 

3.「暮らしのデジタルシフト」で、リテールテックのキャズムを超えたお客様の誕生

ではなぜそのような戦略へとAmazonはシフトしたのだろうか?そこには様々な要因もあるだろうが、最も重要なことは米国のお客様のテクノロジー活用のキャズム超えが指摘できる。改めて解説には及ばないかもしれないが、ロジャーズの提唱するイノベーター理論の図をみてもらいたい。

今となっては高級食材を扱う買物体験価値の高いスーパーも、ECはもちろん店頭出荷型ECやBOPISへの対応はある程度完了している。また、一方でAmazonが進める決済機能のシームレス化が店舗売上に必ずしも寄与するわけではないし、お客様の購買行動を把握するカメラがお客様の買物体験をワクワクさせるわけでもない。これらの要素はお客様にとって強い来店動機にはならないといえる。強いて言えばAmazon IDを持つユーザーにとって価格メリットがわずかにあるだけだ。

お客様も改めて「店舗に行って買物をするとは何なのか」を考え始めているように思う。合理的に買物行動だけを考えれば、ECがあれば十分だ。米国民のEC化率はキャズムをとうに超えている。そして店舗におけるデジタル活用のキャズムもコロナ禍を経て超えていこうとしている。しかし、そんな世の中においても、Trader Joe’sに笑顔で「わざわざ」くる人もいるのだ。

さまざまな業界でリアルにおける体験価値のイノベーションが起こっているこの時代。働き方はもちろん、ライブやオンラインとオフラインの融合が当たり前だ。つまり小売業界におけるリテールテクノロジーのお客様による受容行動は終わりを告げ、今やこのテクノロジー活用の主導権はお客様へとシフトしてしまったことに意識を向けなくてはならない。

このようなお客様による新しいテクノロジーの受容行動の理解に、筆者はアカデミックの世界の存在する理論の1つである「技術受容モデル」(Technology Acceptance Model : TAM)をよく活用する。この考え方は簡単に言うと新しいテクノロジーを利用する人間行動や動機づけを理解するのに役に立つ。

技術受容モデルは、人が新しいテクノロジーを利用する要因としてお客様の知覚価値というものを軸に構成されている。知覚価値とは、お客様が製品やサービスに対して抱く品質や費用に対する総合的な価値判断のことだ。特に「技術受容モデル」とは、「知覚された有用性 (Perceived Usefulness)」=簡単に表現すると「それって使えるの?」「便利なの?」的な要素があるのかどうかと、「知覚された利用容易性 (Perceived Ease of Use)」=簡単に説明すると「これって簡単に使えるの?」「私にも使えるの?」という2つの要因がプラスに働けば「利用への態度(Attitude toward using)」=「じゃあ使ってみよう!」という態度変容をもたらすことを説明するモデルだ。

コロナ禍を経て進んだ暮らしのデジタルシフトは、現代のお客様に新しいテクノロジーを生活に取り込んでいくという行動を否応なしに受容させたわけだ。amazon goも最初は「新しいテクノロジー」だった。このサービス価値をお客様は「知覚された有用性」=「それって使えるの?」と「知覚された利用容易性」=「これって簡単に使えるの?」のバランスを把握し、「利用への態度」=「じゃあ使ってみよう!」に繋がっていったからこそ、今のAmazonのリアル店舗があるのだろう。ただ、このテクノロジー受容行動の価値は買物価値と比較するとそれほど重要なものではないようだ。もちろんこのようなテクノロジーを活用することでコンタクトレスな買い物の実現、まるで自宅の冷蔵庫を開けるような買物体験が実現したわけだから、利便性やお客様の買物価値はゼロでははく、利用意向はあるだろう。しかし、そこに販売している商品や、接客、買物体験そのものがワクワクするものか、限られた時間の中で「わざわざ」いくだけの価値があるかを改めて確認して見ると、このようなテクノロジーはNice to have=「あったらいいな」であって、Must have=「なくてはならない」ほどの価値ではないのだ。繰り返しになりますが価値はあるが、テクノロジーが提供する価値だけではお客様は満足しないということなのでしょう。

 

4. オーバーテクノロジーの先に小売業の未来はない

観光業界には、オーバーツーリズムという言葉がある。2022年8月13日の日経新聞の書評欄において立教大学教授東透氏の観光再生についての寄稿を読んでいて見つけた言葉だが、この現象は「地域の観光受容力の限度を超えた観光によって、観光体験の質が低下するだけでなく、受け入れる地域社会に様々な悪影響を及ぼす事態」であるという解説がある。小売業におけるリテールテクノロジーの導入も米国ではそろそろ「オーバー」の部分を検討しなくてはいけないステージに入っているのかもしれない。不必要とは言わないがテクノロジーの利便性提供だけではお客様の心は掴めない。そのことに気づき出している小売業は多いように思う。買物目的だけを達成したいのであれば、ECを活用すればほとんどのモノやサービスは入手可能なことをお客様は理解している。だからこそリアル店舗での買物にどの程度、テクノロジーが寄与するべきかを再考察する必要がある。

ただしこの議論はテクノロジーの利便性を軽視し、昔からある店舗の買物価値に原点回帰することを意味してはいない。私はよく店舗至上主義の人に対して「売り場に酔う」という言葉で、リアルの売上規模や来店される顧客数に圧倒され優越感に浸ることに警笛を鳴らしている。今やECも活用したオムニチャネル戦略が小売業に求められていることは自明の理だ。また、テクノロジーの開発、発展において「程々の開発」など存在しない。誰かが最先端の開発を行うことが、参照点となり「程々のテクノロジー」が生まれる。このことがテクノロジーにおけるキャズム超えを産む。そうやって最先端のテクノロジーや、商品サービスは世の中へと普及していく。

改めて図2を見て考えてもらいたい。テクノロジーを活用した店舗買物体験がもたらす利便性のキャズムも、コロナ禍を経た米国のお客様は超えてしまったのかもしれません。つまりそこにある便益だけではお客様はもう満足はしない。もうそれは当たり前の買物サポートにすぎない。つまり、買物価値のさらなる向上はテクノロジー向上だけではもはや望めないのだ。

テクノロジーの量や質をコントロールしながら、リアルの買物体験の価値を高めるフェーズが目の前まできている。そして、その順番としては、もちろん買物価値の向上が前提だ。ただし、テクノロジーを置き去りにしていては、暮らしのデジタルシフトを行なっているお客様の心は掴めない。それがWithコロナ時代の小売業が直面する課題と言える。

テクノロジーという見えない武器でどこまで店舗を守り、その買物価値をお客様のために向上できるのでしょうか?そして店舗がなくてもお客様と繋がれる方法も準備しておかねばならない。また、店員の笑顔や接客だけではお客様が再来店するとは限らない。一等地にお店があればお客様が来る時代はコロナ禍で本当に終わりを迎えそうだ。このことを前提にリアルの買物体験価値を高める方法が求められている。

いくつもの店が閉店に追い込まれているNY市内。amazon goの無機質感と、程よいデジタル融合を目指そうとするamazon fresh。1つの企業が提供する複数の買物価値があるNY。一見すると何も変わってないように見えたNYの街をよく目を凝らしてみてみると、Human Touch Technologyの芽吹きとともに小売業の未来と課題が顔を出しているように思える。

 

奥谷孝司

【プロフィール】
奥⾕ 孝司
エンゲージメント・コマース・アドバイザー

株式会社良品計画にて店舗、商品開発を経験。「足なり直角靴下」を開発後、2010年WEB事業部長に就任。Online売上の拡大のみならず「MUJI passport」のプロデュースを統括し、業界に先駆けてオムニチャネル戦略の立案と遂行。
2016年よりオイシックス・ラ・大地株式会社 専門役員 COCO(Chief Omni-Channel Officer)。2018年9月には株式会社大広との共同出資会社である株式会社顧客時間を設立、共同CEO取締役を務める。

<主な著書>
「世界最先端のマーケティング 顧客とつながる企業のチャネルシフト戦略」
「マーケティングの新しい基本顧客とつながる時代の4P×エンゲージメント」

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