プリズマジャーナルTOP外食産業の取り組みが示唆する、“小売DX”の未来像 ~企画立案・オペレーション改革編~

外食産業の取り組みが示唆する、“小売DX”の未来像 ~企画立案・オペレーション改革編~

プリズマティクスのアドバイザーである神谷勇樹氏が『プリズマジャーナルに』初登場。すかいらーくでビッグデータ分析チームの立ち上げやモバイルアプリ開発を牽引した、外食産業DXエキスパートであるエンバーポイント株式会のCEO 神谷氏へのインタビュー前編では、「接客」「コミュニケーション」「パーソナライズ」など、顧客との接点がキーワードとなりました。

後編となる本稿では、業務側のDXに視線を向けます。外食DX、外食マーケのエキスパートである神谷氏に、実際の業務事例を想定し、現場感あふれる思考のディテールと共に“やり方”を伝授していただきました。またテック部門と事業部門のコミュニケーションや、そこに横たわるギャップ、言葉の壁など、DX推進の阻害要因について語って頂きました。

1.具体と抽象を行ったり来たりすることが、思考を深めるキーポイント

── 神谷さんは、どのように企画やキャンペーンを立てるのでしょうか。その思考プロセスの一端を教えてください。

神谷:企画を考える時、頭の中でモヤモヤと抽象的に、ターゲットとしてはこういう属性で……と考えていても、煮詰まったりしますよね。よくある出発点は「来店促進をやりたい」というものです。でも来店促進といっても、誰にどうオファーを出せばいいかなかなか詰め切れなくて「美味しいものを安く食べられればいいんじゃないかなー」というようなところで思考が止まってしまったり、過去にうまくいったキャンペーンをもう一回やろう、という前例踏襲になりがちです。

そういう時に「このターゲティングだと○○さんが当てはまりそうだ、この企画をぶつけたら、どんな反応をするだろう」「○○さんがこういう理由であのメニューを食べていたから、他にもそういう人って、いるんじゃないか」って、具体的に考えるんです。そうすると、少し考えやすいと思いませんか。

でもあまりにもディテールに突っ込んでいくと見えなくなることもあります。一度また抽象に引き戻さなきゃいけない。「本当にそれ、来店促進になってるの?」「売上と利益のバランスは?」……そしてまた「結局やれる施策って5つ位に集約されるよね」とか、「実際にキャンペーンの担当者を誰がやるのか」という具体的な制約条件を考慮する。

具体と抽象をいったりきたりすることが、凄く大事なんです。

2.3分間一本勝負!「ラーメン」売上げ向上キャンペーン、最初の一歩はこう考える

── 先ほど「具体」というお話がありました。例えば「ある商品の売上げを上げたい」となった場合、神谷さんならどうアプローチするのか、そのディテールを伺うことは出来ますか。

神谷:そうですね、では中華料理のファミリーレストランで、普通の、オーソドックスな醤油ラーメンがあったとします。メニューには「ラーメン」としか書いていないような、そういうラーメンをイメージしてください。これを押し出したい、ということにしましょう。

神谷:まず「今、これを頼む人ってどういう人だろう?」と考えます。すると色々パターンが思いつくわけです。例えば……

・このお店で一番安いメニューがこれだから、ラーメンにしよう。
・昔はチャーシュー麺が好きだったけど、年をとってからちょっと脂っこくて胃がもたれるようになったから、普通のラーメンにしよう。
・普通の、醤油ベースの麺が好き。
・野菜が嫌いだから、これにしよう。
・3世代の大家族で来店して、色々一品料理を頼んだけど、最後にやっぱり麺もちょっとつまみたい。皆の好みを考えると、お年寄りからや子供まで取り分けて食べられる、ベーシックな麺がいいな。

神谷:ここまでに出した色々なペルソナに対してそれぞれ、この行動をする人というのはどれくらい人数がいるのだろうということを考えます。それには、各ペルソナの人がどのような注文の仕方をしているのかイメージする必要があります。

・「1番安いから、このラーメンを頼む」という人は、それ以外の商品は頼まないだろう。
・3世代で来ている人達は、客数でいえば5~6人になる。頼んでいる品数は多いはずだ。

神谷:ここまでイメージしてから、購買データから“そのような頼み方”をしている人をピックアップして、人数を把握します。簡単に言いましたが、もう少し細かく言うと “頼み方”を軸に商品マスタにタグ付けを行った上でクラスタリングをしたり、クロス集計したり、また出てきた結果を解釈した上で再度様々な分析を行ったりします

すると、このタイプは多いね、このパターンはあまりいない、というようにセグメントが見えてきます。そうしたら次に、対象とするセグメントに対して、こういうフックがあり得るかもしれない、という仮説をいくつか立てていきます。

「安いから食べている」という人に対しては:
・今よりも更に10円でも安い、となったら反応するかもしれない。
・安いのがいいと言いつつ、そこで中華を選び、麺を食べに来ているということは、本当はラーメン&餃子、ラーメン&チャーハンというセットで食べたいと思ってるんじゃないか。
・若年層で絞ったら、ラーメン&チャーハンというセットだと反応があるんじゃないか。

大家族による取り分けニーズが多かった場合は:
・このようなセグメントは、ほぼ一緒に子供が来ている。子供が好きなものをフックにしたコースメニューの開発をしたら反応があるのではないか。
・好き嫌いが分かれづらい、ベーシックな一品料理や麺をセットにした、お得なコース料理を提案してみよう。

神谷:このように立てた仮説を、今度は現場で小規模にテストしてみます。その結果、どのように反応があったのか、というフィードバックを得てから、全体をこう変えていこうと決める……というような感じですね。

── たった3分お話し頂いただけなのに、出てくる例が本当に具体的で、現場感がありますね。

神谷仮説を立てたり、業務プロセスを実際に変える場合には、現場での経験が非常に大切になってきます。僕自身も中途の本社採用でしたが、当然店舗での研修をやりました。

例えば、お客様がレジでポイントカードを出して頂けないために、店舗からなかなかデータが取れないというようなことってあるんですよね。僕もレジに立ってみたんですが、お客様が財布の中にポイントカードをお持ちなのが、見えるんですよ。あるなー、でも何も言わなかったらどうなるのかな、と思って言わないでいると、出さないんですよね。そこで最後に「ポイントカードお持ちですか」と言うと、ようやく出てくる。

こういう経験があると「店舗での声かけのオペレーションが無いと、ポイントカードでの施策は絶対上手くいかないな」と考えることが出来るので、そういうところも含めて仮説検証をしていっています。そういう現場のリアルがあって始めて、これはうまくいく、いかないなっていうのが見極められる。そういうのが無いと進まないんです。

3.テック部門と事業部門、お互いの言語理解がDXを加速する

── 神谷さんほどの経歴の方が、現場経験、レジ経験から仮説検証をされていることに驚きました。

神谷:いやいや、こんなの本当に、当たり前のことです。僕のキャリアの出発点はエンジニアなので、コードを書くというところから始まっているんですが、やはり現場主義というのも一面の真実ではあるんですよね。テクノロジーのことさえ分かっていればあとは現場の業務スタッフに任せておいていいということではないんです。現場の、業務スタッフの専門用語で、業務の話がしっかり出来るエンジニアがどれだけいるのか。

一方で業務をやっている側も、今の状況をそのまま是としてはいけない。未来永劫そのままやるわけにはいかないから、やはり変化していかないといけない。ところが日本企業の多くは「ITは専門家に任せておけばいい」という意識が非常に強い。その割にはIT部門は軽視されがちで、金食い虫というような扱いも受けがちですよね。

GAFAのような巨大テクノロジー企業ではない、オールドエコノミー代表のような外食産業であっても、世界では当たり前のようにテクノロジーの活用をしているのに、日本ではなかなかDXが進まない。その要因のひとつが「こいつ技術のことばっかり喋っていてビジネスのこと全く理解していない」「こいつ技術のこと全くわからずに業務都合ばかり押し付けてきて」と、2者間で断絶が起こってしまっていることだと思います。

── 「経営陣もテクノロジーを知るべきだ」と言った場合に、どのレベル、何をしたら良いなど、具体的な目安は何かありますか。

神谷:初代デジタル監の石倉先生がどこかのインタビューで、「トップマネジメントはITにおいてどのようなレベルである必要があるのか」と聞かれて「手は動かせなくてもいいが、現場のスタッフと専門用語で会話出来るレベルが必要である」と仰っているのを読んだことがあります。僕は、まさにその通りだなと思っています。でも日本の企業の経営陣でそう思っている人が何人いるのか……。

テクノロジーとビジネス、両方それぞれの言語できちんと会話出来る人間て、世の中にほとんどいないんです。僕は、日本でそれが出来る人間としてのトップの一人が、プリズマティクスの濱野さんなんじゃないかと思っているんです。

── 実は濱野も「相手の言語で喋ることが大切だ」とよく言っていて、クライアントに対してはもちろん、社内の部署間でもそれを大事にして欲しいと本誌インタビューでも語っていました。

神谷:そうなんですよ。基本、結節点で問題は起こるんです。お互いのロジックや行動原理、当たり前、前提条件が違う。それぞれにはそれぞれが大事にしていることがあり、外から見ると固執しているだけに見えるような、譲れないところがあるんですよね。そのレベルまで分かっていないと、本当の意味で「相手と一緒にやる」ということが出来ない。

これは文化と文化のぶつかり合いと言ってもいいかもしれません。そういったものであるという前提で、お互いの知識を「言語レベル」から習得していかないといけないよね、ということだと思います。そこがDX推進においては課題である、という認識をするところから、まず始めてみて欲しいですね。

── 今回は大変興味深いエピソードを沢山お話し頂き、ありがとうございました!

 

(取材・構成・文=プリズマ編集部)

神谷 勇樹

神谷 勇樹
プリズマティクス Adviser(アドバイザー)

東京大学工学部卒、東京大学大学院工学系研究科修了。
ボストン・コンサルティング・グループ、グリー、すかいらーく、PKSHA Technologyを経てリノシスを起業。グリーではKPIモニタリングの仕組みの構築やビッグデータ分析チームの立上げなどにより業績拡大に貢献。
すかいらーくではデータ分析チームを立上げ、マーケティングのROI改善や事業機会の特定/強化を中心に担当。モバイルアプリの責任者としてオンラインマーケティング領域強化も推進。
2020年11月、「顧客接点のラストワンマイルにおける総合的な支援」を掲げるエンバーポイント株式会社のCEOに就任。

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