プリズマジャーナルTOP手間暇をかける魅力と効率化のバランスを考える
手間暇をかける魅力と効率化のバランスを考える

手間暇をかける魅力と効率化のバランスを考える

世界的に流行しているゲーム「マインクラフト」の実写化された映画を先日見に行きました。自分の想像の赴くままに3Dブロックを駆使して自分だけの世界を作り上げる楽しさが老若男女問わず多くの人を魅了しています。マイクラの遊び方は「人それぞれ」。それが何よりの魅力だと私は捉えています。

一方ファッション業界ではヴィンテージデニムが再び脚光を浴びています。私自身が若い頃はヴィンテージデニムを手に入れるには古着屋を何軒も巡り、足を使って探すしかありませんでしたが、今ではヴィンテージデニムもオンラインで簡単に購入できるようになりました。

マイクラで時間をかけて自分だけの世界を作り上げる喜び、実際に店舗を巡ってヴィンテージデニムを探す楽しさ。これらに共通するのは「手間暇をかける」ことの魅力ではないでしょうか。

効率化が進む現代社会において、あえて遠回りを選び、手間暇をかけることの価値が再評価されているのではないかと私は考えます。簡単に手に入るものよりも自分が手間暇かけて得たものに特別な愛着や価値を感じる。そんなニーズが高まっているのではないでしょうか。

私が長らく勤めていたアパレル業界では昨今、効率化とブランド価値の向上という、一見相反する課題に直面しています。手間暇をかけることで生まれる魅力と、ビジネスの持続可能性を支える効率化。この両方のバランスを取ることが、今日のファッションブランドにとって重要な戦略となっているのではないでしょうか。

本記事では、手間暇をかける魅力と効率化のバランスを目指す取り組みの中から、職人技とAI技術の融合、そして「ゆったりとした体験」と「迅速な提供」のバランスという二つの観点から、この取り組み事例を紹介していきたいと思います。

1.職人技とAI技術の融合

アパレル業界において、職人技術は長年にわたりブランドの核心的価値を形成してきました。エルメスが自らを「職人と人間の価値観の家」と位置づけるように、手仕事の温もりやストーリー性は、消費者の感情に訴えかけ、ブランドへの信頼と愛着を育みます。一方で、AI技術の進歩は、生産プロセスの効率化、需要予測の精度向上、さらには新たなデザイン創出の可能性を秘めており、アパレル業界に大きな変革をもたらしつつあります。

この2つの要素、すなわち伝統的な職人技と最先端のAI技術をいかに融合させるかが、現代アパレルブランドの競争力を左右する鍵となります。AIは職人の仕事を奪うのではなく、むしろその能力を拡張し、より創造的な作業に集中させるための強力なツールとなり得ます。

伝統的な刺繍技術とAIデザイン

あるラグジュアリーブランドでは、伝統的な刺繍技術を持つ職人とAIデザインツールを組み合わせた商品開発を行っています。AIを活用して大量のデータから流行やトレンドを分析し、初期のデザインコンセプトを提案させそれを職人が解釈して洗練し、手作業で具現化するというアプローチを模索しています。これにより、現代的なデザインと伝統的な技術を融合させた独自性の高い商品開発を実現しています。この方法により、デザインプロセスの効率化と職人技術によるブランド価値の向上の両立を実現しています。

一方で、世界的な刺繍機のリーディングカンパニーであるタジマでは独自に開発したAI技術と自動布押えによって刺繍品質の高位平準化と生産性の向上を実現し、熟練した職人がいない生産現場でも品質の高い刺繍を安定的に生み出すことを可能にしています。これまで美しい刺繍を作るためには熟練した職人による刺繍機の操作が必須と言われてきましたが、この事例はAI活用での生産性の向上による効率化と職人技の継承の両立を実現した事例になります。

AIによる品質管理と職人の目

ある中規模アパレルメーカーでは、AI画像認識による異物判定装置とX線検査機を組み合わせたシステムを導入しています。このシステムは生産ラインで高精度の検査を行い、異物を自動的に検出し、異物の確認は熟練の検査員が行います。AIが効率的に大量の商品をチェックし、熟練の検査員がその経験を活かして最終判断を下すという役割分担により、高い品質基準と生産効率の両立を図っています。

このAIを活用した品質管理システムの重要性は、私の個人的な経験からも裏付けられます。前職ではよく物流や検品所から折れたミシン針や使用していないはずの繊維などの異物混入の報告を受けていました。多くの検品は検査員の人の手で検品されており、検査員の目をすり抜けて、最悪の場合にはお客様からご指摘を受けたケースも何度かありました。

検品の方法も「全量検品」と、一定の割合で商品を選んで検品する「抜取検品」があります。「全量検品」は検品に時間がかかる一方、「抜取検品」は商品発送までに時間がかかり、また一部商品は検品対象にならないため店舗やお客様の手元に届いてから異物が発覚するリスクがあります。メーカーとしては1日でも早く販売をめざすためどちらの方法で検品するか頭を悩ませた記憶があります。

このようなAIを活用した事例は品質と生産性の向上、検査員の人手不足を補い検査コストの軽減にも寄与することを実現しています。

AI技術と職人技の融合は効率化と品質向上の両立、伝統技術の継承と現代的ニーズへの適応、ブランド価値の向上といった多くのメリットをもたらしてくれます。一方で職人の技術をAIに適切に反映させる方法の開発、AI導入に伴うコストや人材育成といった課題も存在します。重要なのは、AIを単なる効率化の道具としてではなく、職人の創造性を刺激し、新たな価値を生み出すためのパートナーとして捉える視点です。

これらの課題に対処しつつ、職人技とAI技術の融合を進めることが、今後のアパレル業界における重要な戦略となるでしょう。

2.ゆったりとした体験と迅速な提供のバランス

現代の消費者は、商品の背景にあるストーリーや作り手の想いに共感し、じっくりと吟味する「ゆったりとした体験」を求める一方で、欲しいと思った商品をすぐに手に入れたいという「迅速な提供」への期待も高まっています。この一見矛盾する二つのニーズにいかに応えるかが、顧客ロイヤルティを高める上で必要不可欠です。いくつかの事例を紹介します。

事例1.FABRIC TOKYO(オーダーメイドビジネスウェア)

FABRIC TOKYOは店舗でゆったりとプロによる採寸、生地をお客様の好みに合わせて選び、パーソナライズされたフィット感の保証と一度採寸すればユーザーはいつでもどこでもオンラインで簡単に迅速に自分の体形にカスタマイズされた商品を繰り返し購入ができるという利便性と効率性を提供しています。店舗での丁寧な採寸という「ゆったりとした体験」と、オンラインでの手軽な再注文という「迅速な提供」を融合させることで、顧客満足度を高めています。

事例2.ユニクロIQ(AIチャットボット)

ユニクロはいつでもどこでもチャットで気軽に相談できるお買い物アシスタントとしてAIチャットボットを導入しています。商品選びはもちろん、アプリ経由でリアルタイムの店舗在庫を確認できたり、購入した商品の配送状況や商品の返品・交換まで、購入後のお困りごとにも対応しています。
自分の時間に合わせたゆったりとした情報収集の機会の提供と24時間体制でユーザーからの問い合わせに対応し、在庫確認やコーディネート提案、お困りごとへの迅速な情報提供と問題解決を実現することで顧客ロイヤルティを高める取り組みを実践しています。

 

上記の事例が示すように、アパレル業界では「ゆったりとした体験」と「迅速な提供」のバランスを取ることが、顧客満足度とブランドロイヤルティを高める上で重要な戦略となっています。これらのトレンドは、消費者の価値観の変化を反映しています。現代の消費者は、単なる商品の購入ではなく、ブランドとの意味のある関係性を求めています。「ゆったりとした体験」はその関係性を深める機会を提供し、「迅速な提供」は現代の忙しいライフスタイルに対応します。「ゆったりとした体験」と「迅速な提供」のバランスを取ることは、単なるサービス改善策ではなく、ブランドの本質的な価値を顧客に伝え、長期的な関係性を構築するための重要な要素となります。

3.まとめ

アパレル業界において、手間暇をかける魅力と効率化のバランスを取ることは、ブランド価値の向上と経営効率の改善を同時に実現するための重要な戦略だと考えます。本記事で紹介した「職人技とAI技術の融合」や「ゆったりとした体験と迅速な提供のバランス」は、この課題に対する有望なアプローチと言えるでしょう。

一方で、これらの戦略を成功させるためには、技術投資、人材育成、組織文化の変革など、多くの課題に取り組む必要があります。また、各ブランドの特性や顧客層に合わせて、適切なバランスを見出すことが重要です。

今後のアパレル業界では、「手間暇をかける価値」と「効率化による利便性の向上」の両方を提供できるブランドは、競争力を維持し、持続可能な成長を実現できる可能性があると思います。そのためには、常に新しい技術や顧客ニーズに敏感であり続け、柔軟に戦略を調整していく姿勢が求められます。

手間暇と効率化のバランスを取ることは簡単ではありませんが、それこそがブランドの独自性と競争力を生み出す源泉となると考えます。このような事例が皆さまの一助になれば幸いです。

西田 信義

執筆者プロフィール

西田 信義
コンサルタント

2002年FREE’S INTERNATIONAL(現TSIホールディングス)に入社。店舗運営管理、営業MDを担当。Barbieなど海外ブランドの営業部長や国内ブランドの事業責任者を歴任。株式会社三陽商会にて新規事業開発、株式会社マッシュスタイルラボにてMD担当部長など事業推進に従事。ブランドディレクション、製販計画の策定など中心に大手アパレルにてSCMを担う。D2Cのベンチャー企業、株式会社TOKIMEKU JAPANのCOOを経て、2023年9月クラスメソッドに参画。

この記事をシェアする
Facebook