近年、多くの企業が積極的に「DX推進」に取り組んでいますが、海外では日本以上にDX化が進んでいるのが現状です。今回は2019年〜2022年の間、中国の山東省青島市で実際に生活した経験を元に、中国における小売流通業のDX化についてまとめました。国による前提や規制の違いなど諸処ありますが、消費者は便利な物・サービスを求めることは万国共通なので、これから起こりうる日本での変化と捉えていただければと考えます。
今回は、主にキャッシュレスについてまとめています。
1.キャッシュレスが進んだ社会は、どんな世界?
キャッシュレスが進んだ社会は、どんな世界になるのでしょうか? 中国の統計数字を確認したうえで、実際の生活状況や3年の間に起きたことや日本で起こりうる変化をまとめています。
①決済比率について
中国のキャッシュレス決済比率は、一般社団法人キャッシュレス推進協議会発行の「キャッシュレス・ロードマップ 2023」によると83.8%であり、韓国についで世界で2番目の普及率です。つまり、現金決済は16.2%にすぎません。100人中わずか16人が現金を使用している計算になります。では、現金で決済している人はどんな属性かというと、スマートフォンを持っていない子供や高齢者の方と外国人の一部の方です。
キャッシュレス比率83.8%の内訳は、店舗により差はありますがWechatpayとAlipayで約40%ずつを占め、残りは銀聯カードやクレジットカード、銀行系のキャッシュレスサービスなどが占めます。
一方で、同じ「キャッシュレス・ロードマップ 2023」によると、日本のキャッシュレス決済比率は32.5%で世界第10位となり、中国との差は51.3%にもおよび、両国の普及状況には大きな開きがあることがわかります。
②実際の生活者として感じたこと
統計上のキャッシュレス比率は83.8%ですが、実生活においてはキャッシュレス比率100%の体感がありました。最初の数か月は現金を有事の際の予備として常に持ち歩いていましたが、使う機会はありませんでした。現地のメンバーに聞いても現金自体を持っていない、持ち歩いていないのがほとんどで、そもそも財布を持っていないのが普通です。
私が生活を始めた2019年当時の青島市は、バスや地下鉄の乗車にはバーコード決済対応が導入されていませんでした。バスや地下鉄の利用には専用カードが必要で、そのチャージにはキャッシュレス決済を使用していました。つまり、完全なキャッシュレス生活には至っていなかったということです。
しかし、2021年に専用アプリのリリースと読み取り機の設置により、公共機関でのバーコード決済が可能になりました。これにより完全にスマートフォンさえあれば、どこにでも行けて、何でも買える日常生活になりました。
この変化がもたらした利点は、決済がスマートフォンで完結する利便性と、財布を持たずに出かけても何も不安がない精神的な安心感です。スマートフォンをポケットにいれるもよし、スマートフォンに背面リングをつけて持ち歩くもよし、現金を持たなくてもよい解放感たまりません。日本に帰国後、キャッシュレス化の進展を実感しつつも、まだ財布が必要な現状です。日本も中国のように便利で安心なキャッシュレス環境へと進化することを強く願っています。
③日本で起こりうる変化
中国でキャッシュレス化が進んだことで起きた変化、生活環境における日本との違いをまとめておきます。
・ATMについて
中国ではATMがコンビニにはありません。銀行にわずかに設置されているだけです。また、ATMそのものへの投資・開発はされておらず、操作性は悪く、スピードも非常に遅くて使いづらい筐体です。
・支払い方法の簡素化
収納代行という概念や支払い方法がありません。すべてWechatpayかAlipayで完結するので、支払い方法の選択肢は中国の方が少ないです。
・モバイルバッテリーサービスの普及
モバイルバッテリーサービスが小売店や外食店に必ず設置されています。すべてがスマートフォンに集約された時に、一番のリスクは充電切れです。バッテリーを持ち歩くのではなく、必要な時にレンタルし、終わったら返却する行動が定着しています。
これらの変化は、キャッシュレス決済の普及に伴い、日本の生活環境にも徐々に影響を与えていく可能性があります。
2.キャッシュレスが小売流通業に与えた変化とは?
次に、キャッシュレスが小売流通業に与えた変化を、以下の3つの視点でまとめています。
①小売業お客様視点
キャッシュレス決済によりレジでの支払いが時間短縮になり、金銭授受の間違いがなくなります。
お客様が商品をかごに入れてレジまで持参するところまでは変わりませんが、決済時に用意するのはスマートフォンのみ。商品をスキャンして金額計算が終わった後、スマートフォンの画面を提示して読み取り決済完了です。従来の現金決済だと、財布をかばんから出して、金額に応じてお札と硬貨を考えながら用意して、店員へ渡します。お金を渡した後、店舗側が金額を確認して、釣銭を受け取るまでが流れで、一連の行動だけでもかなり短縮されていることが分かります。
また、WechatpayやAlipayなどのアプリでは残高や使用履歴の確認ができます。さらに銀行のデビットカードと連携しているため、即時引き落としです。カードの紐づけは複数枚設定でき、支払いの都度選択することも可能です。
結果として、ATMに行って現金を引き出すという行為がなくなります。お客様にとってはスマートフォンの中に常に現金があるような状態であり、非常に便利です。
②小売業店舗視点
キャッシュレス化により、店舗運営が大幅に効率化されます。
・現金取扱の削減による作業時間の短縮
お客様との接点において、現金のやりとりが不要になり作業時間が大幅に削減されます。
・日中の現金点検作業の廃止
レジにて現金のやりとりが不要になるので、1日複数回実施する過不足チェック目的の現金点検が不要になります。
・営業後の現金取扱い業務の廃止
営業終了後の現金集計から銀行への入金業務が不要になります。
・硬貨両替作業の廃止
釣り銭が必要なくなるので、硬貨の両替業務も不要になります。
このように、店舗視点で考えると不要になる業務が多々あります。最後に意外と一番大きな影響として、現金の取り扱いにおける注意や緊張が取り除かれるので、店舗従業員のみなさんの精神面における心理的安全性が高まります。
③外食業界の場合
レジは原則ありません。すべてモバイルオーダーで注文し、そのままキャッシュレス決済で完結します。
・レジの廃止
・モバイルオーダーとキャッシュレス決済の一体化
・QRコードを活用したテーブル単位の注文・決済システム
・店舗側の業務効率化(調理と配膳に集中)
お客様が入店し座席に案内されると、テーブルの隅に設置されているQRコードをスマートフォンでスキャンしオーダー画面が表示されます。このシステムはテーブル番号と連動しているため、お客様が注文すると、店舗側では即座にどのテーブルからの注文かが分かります。店舗は注文を受けた料理を調理し、該当のテーブルへ配膳するだけです。お客様の食事が終わると、再度QRコードをスキャンして支払い画面に進みます。ここでキャッシュレス決済を行うことで、支払いが完了します。オーダー時と同様に、どのテーブルが支払い済みかも店舗側で確認できるため、店舗運営の効率が大幅に向上し、お客様の利便性も高まります。
このように、お客様および店舗側双方にとって多大なるメリットを享受できるのがキャッシュレス決済です。これが中国では、2つのプラットフォームに集約されていて、ほとんどのスマートフォンユーザーがどちらも利用していることが前提です。これは単なる差別化や囲い込みではなく、決済システムがインフラとして機能している状態なのです。
3.キャッシュレスの仕組み、日本との違いは?
キャッシュレス(QRコード決済)の仕組みについてまとめていきます。キャッシュレス(QRコード決済)は、日本でも中国でも専用の事業者が運営していますが、システム運営方法に大きな違いがあります。特に入金サイクルと手数料に注目し、これらの違いが普及率にどのように影響しているかを見ていきます。普及率の違いはこのような制度的な背景があります。
①入金サイクルの違い
日本の場合
・QRコード決済事業者の入金サイクルは月1回が標準。
・お客様は事前チャージかクレジットカード紐づけを選択。
・小売事業者は売掛金処理を行う。即時入金ではなく1ヶ月分まとめて入金。
・結果として、小売事業者のキャッシュフローが悪化する可能性がある。
中国の場合
・QRコード決済は銀行カードに紐づくデビット決済が基本。
・小売事業者が売掛金処理を行う。決済事業者からの入金は日本と違い『翌日』。
・現金決済とほぼ同じキャッシュフローを維持できる。
②手数料の違い
日本の場合、小売事業者はQRコード決済事業者へ金額に応じた手数料を支払う必要があります。概ね1.8%~2.5%であり、日本の小売業の営業利益率が2%前後であることを踏まえると高い手数料率であることが分かります。
中国においても同様に小売事業者はQRコード決済事業者へ金額に応じた手数料を支払う必要がありますが、基本0.6%と非常に安価に設計されており、軽減される業務を鑑みると費用対効果があります。
③普及率の違いについて
前述した入金サイクルや手数料率の違いは、小売事業者が導入を進めていく動機に大きく影響しています。普及の経緯として、中国のイメージで、強制的にそのような状況にしたのではないか? と思われるかもしれませんが、中国政府としては現金決済の受け入れを義務として小売流通事業者へ通達しており、現金決済を排除することは実施しておらず、現金決済が使える状態を維持しようとしています。つまり、日本と比較して、普及しやすい環境であったことは事実ですが、国家として強制したわけではなく、キャッシュレス決済自体を消費者が便利と考え、自然と普及が進んだ結果です。
結論として、さまざま制約や背景はあるものの消費者は便利な物・サービスを求めることは万国共通です。今回ご紹介した中国における小売流通業のDX化事例はあくまで一例ですが、日本でもこれらの変化を見据えた準備が重要になっています。今後、より便利で安心なキャッシュレス環境へと進化することを強く願っています。
執筆者プロフィール
板東 功太郎
コンサルタント
2001年イオングループのミニストップに入社。
営業現場および人事部門担当者およびMgrを経験した後、2015年から人事部長として人事制度・働き方改革、ダイバーシティ推進、採用、人材育成を実施。2019年から中国子会社社長として現地赴任し、DXが進んだ国で、コロナ禍の中で経営実務を担う。
2022年から執行役員商品統括本部長(マーケティング、サービス、物流、品質管理)として、主にデジタルマーケティングを推進。アプリのグロース、EC事業の立ち上げ、デジタルサイネージ導入、販促のDX化等を実施。2024年8月クラスメソッドに参画。
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