井川沙紀×濱野幸介【wow!シリーズ】対談後編「お客様も変わっていくし、ブランドも進化しなくちゃいけない。でなければ廃れてしまう」
ブランドや商品の「ファンづくり」において先進的な取り組みをされてきたトップランナーをゲストにお迎えし、プリズマティクスCEO濱野がお話を伺う対談シリーズ「What is your “wow!” experiences? ~あなたの“ご贔屓”教えてください!」(wow!シリーズ)。今回はインフロレッセンス株式会社CEO 井川沙紀氏をゲストにお迎えしました。
新卒入社した大手人材派遣会社で新規事業立ち上げに従事したことを皮切りに、複数社の日本上陸事業支援に携わり、2015 年のブルーボトルコーヒー日本上陸では立役者として尽力した井川さん。2023年に独立し、これまでの幅広い業務経験から、企業ブランディングやコミュニケーション戦略のコンサルティングなどを行っています。後編となる本記事では、井川さんご自身が何の“ファン”なのか、またそれがどのようにお仕事へ生かされているのか、詳しくお話を伺いました。
(取材・構成・文=プリズマ編集部)
井川 沙紀
インフロレッセンス株式会社 代表取締役。これまで様々な企業で新規事業開発や、ブランドビジネスのマーケット展開に従事し、ブランディング・広報・PR領域を担当。直近では、米ブルーボトルコーヒーの日本ローンチを担当後、日本代表、アジア代表を経て、米・本社の経営メンバー(Chief Brand Officer) としてグローバル全体のブランドの統括責任者として勤務。現在は、日本及び米国企業のブランディング・コミュニケーション戦略のコンサルティングを行いながら、大学の特任教授(客員)や社外取締役として活動している。
濱野 幸介
アクセンチュア株式会社(当時アンダーセン・コンサルティング)に8年間在籍後、株式会社リヴァンプにてCTOなどを経験。その後、株式会社良品計画ではアドバイザーとして「MUJI passport」を中心にマーケティング全般の企画・運営を技術面より支援。2016年にプリズマティクス株式会社を設立しCEOに就任。顧客と各企業・ブランドとの絆を深める良質な体験の場を「エンゲージメントコマース」と捉え、その構築に向けたプラットフォームとコンサルティングサービスを提供している。
目次
1.顧客と「長期的に関係をつくっていく」ということ 2.“職人ファン”の井川さん、上陸支援事業でPR魂を遺憾なく発揮! 3.PRやリブランディングの相談は、紐解いていくと経営そのものの議論に 4.“ファン”、“顧客”が誰なのかは、どの企業にとっても大事なテーマ1.顧客と「長期的に関係をつくっていく」ということ
──お二人とも、事業フィールドは違うものの、継続的に顧客と関係性をつくっていくこと、長期的な関係性をつくってくれるお客様を少しずつ多くしていきたい、というような考え方は共通しているのかなと感じました。
濱野:継続的にお客様になってもらうというのは、継続的に売れていく、継続的に成長するということでもあるから、それは理想的な状態ではありますよね。だからこそ、そういう関係をつくってくれるお客様って、どんな、誰なんだろうっていうのは、最初に考えなきゃいけないことですね。
井川:そうですね。ただ実際には、最初「こういう方に」と考えたお客様に刺さったとしても、ずっと一生刺さるわけじゃなくて、お客様も変わっていくし、ブランドも進化していかなくちゃいけない。日本上陸がうまくいくのかわからない立ち上げ時期に応募してくれていたスタッフと、もうある程度の知名度が出来てきて、広がっていく、増えていくというフェーズでフォロワーとして入社してきたメンバーでは、マインドセットも変わってきます。
私がいつも言っていたのは、「お客様がブランドを体験した時の感情が、どの時代も一緒じゃないといけない」ということです。例えば「ちょっとオシャレ」と思っていただいていたとして、その“オシャレ”というのは、5年前のオシャレと今では違いますよね。ですから、お客様に「ちょっとオシャレ」とずっと思っていただくためには、ブランドがずっとアップデートしなければいけない。でなければ廃れていってしまう、と思うんですね。
井川:ブルーボトルコーヒーでは店舗のタイプを大きく2タイプに分けて考えていました。毎日常連さんが来てくださるような町の喫茶店としての「ネイバーフッドカフェ」と、観光客が多いエリアや商業施設に入っているような「デスティネーションカフェ」です。この2タイプでは、いらしてくださるお客様の層が全く違うんです。
店舗のホスピタリティの在り方も全く異なります。駅ナカの店舗ではお客様の移動に支障が出ないように素早く商品を用意することが大切ですし、観光地のお客様はゆったり過ごしたい。旗艦店である清澄白河の店舗はその2つの要素が両方ありますが、他の店舗はどのどちらのタイプなのかを見極めて店舗内装や家具を選んでいます。提供メニューやコンテンツはお客様に合わせたかたちで、ローカルでチョイスしてもらうようにしていました。
──この対談は「ファンマーケティングのプロに話を聞く」がテーマの一つです。ブルーボトルコーヒーにとっての「ファン」というのは、どのような人達とイメージされていますか。
井川:社内でも「私たちの顧客って誰だろう」「どんな人がこれからファンになってくれるだろう」という話は、よくしています。コーヒー屋なので、まずは「コーヒーをよく飲んでいる人が顧客となりやすいのではないか」というような考え方で、これまではマーケティングをして来たと思うんです。
でも“ウチの”コーヒーを飲んでくれる人は誰かと考えた時に、1杯100円のコーヒーを毎日5杯飲んでいる人よりも、ビールが大好きでクラフトビールをこだわって選んでいる人の方が、カルチャーが近いのではないか、可能性があるかもしれない、というような考え方をするようになってきています。
2.“職人ファン”の井川さん、上陸支援事業でPR魂を遺憾なく発揮!
──ここまで、事業におけるファンづくりのお話を伺って来ましたが、井川さんご自身は何のファンですか?
井川:私、“職人”が好きなんですよね。私自身はジェネラリストなので、一つのことにガーッと集中して仕事をする人に対して憧れがありますし、出来ないからこそリスペクトがある。ブルーボトルコーヒーも、創業者がすごく職人気質な方なんですよ。だからこそ凄くファンになってしまって、それで身を粉にして働いてしまった……というところがあると思います。
職人さんが作業しているのを見ていると「カッコいいな!」とずっと見ていられますし、創業者のこだわり、パッションを聞く機会があると、ワクワクしちゃいますよね。そこでPR魂がムクムクと湧いてきて……
濱野:なるほど、そこで手伝いたくなっちゃうんだ!(笑)
井川:そう!(笑)「この店を流行らせるには、どうやったらいいかな」とか、すぐ考えちゃうんですよね。凄くいいものなのに変な先入観が邪魔して手に取ってもらい辛い時は、どうやって既存の先入観を変えていこうか、と考えたり。職人が言葉にはなかなか出来ていないけれど大事に思っていて伝えたい価値や、新しい楽しみ方を、どう伝えられるか。そういうことを考えたりするのが、楽しいですね。
濱野:その考え方ってマーケティングそのものだし、経営者気質だなぁと思いますね。やれることの幅がPRに収まらないところまで広がったのだろうなと思うと、ブルーボトルから独立したというのも、なんだか納得です。
3.PRやリブランディングの相談は、紐解いていくと経営そのものの議論に
井川:ブルーボトルでは日本で代表をやった後、アジア各国での出店立ち上げをいくつもやらせていただいて、7年半程在籍していました。その間に本国の社長も交代したりと色々なことがあったんですが、とても信頼していただいて、やりがいのある仕事をさせて頂いていたと思います。ただ年齢が40歳あたりになった時、まだまだこの後何十年かしっかり働いていきたいと思う自分がいて、新たなチャレンジをするなら今かなと思ってしまったんです、急に。
それで、ブルーボトルは業務委託に切り替えていただいて引き続き仕事はしていますが、独立して、他の会社さんとのお仕事も始めました。日本企業様からはリブランディング、店舗や新規事業の立ち上げ、PRや広報の立て直し等のお声かけが多く、海外企業様からは日本上陸をサポートしてほしいというお話や、既に上陸しているブランドの立て直しを依頼されることが多いですね。
井川:ただ、スタート時点では「もっと商品売りたいんだよね」「なかなか商品が刺さらない」「競合より売れてないのはなんでだろう」っていう、フワッとしたPRぽいお題で相談が来るんですけど……結局紐解いていくと、「価格設定が間違ってるんじゃ?」「この輸入業者さんの方がいいよ」「ディストリビューションのパートナーを考え直した方が良いのでは」「卸先や卸の戦略として、こっちの業界の方がいいんじゃない」「まだ日本ではマーケットが育っていない商品だから、前提を共有するPRをしないと」というような話に……
濱野:それはもう、PRとかリブランディングとかじゃなく、経営そのものじゃない?
井川:そうなんですよね。そうするとなかなか、踏み込んだ議論をしなくてはいけなくて、1人でやることに限界を感じ始めているところです。
4.“ファン”、“顧客”が誰なのかは、どの企業にとっても大事なテーマ
井川:今はいろいろな企業さんの支援に入らせて頂いているんですけど、自分の事業としてやっているわけではないので、やっぱりどうしてもどこかのタイミングで線引きがあるというか、踏み込めないところというのはあるんですよね。当たり前なんですけど。そうすると、自分が思った通りにやれる場というのが、企業としての売上とは別にあると良いのかなと思っていて。
例えば数ヶ月前なんですけど、「グルテンフリーのクッキーを作ろう!」って、起きた時に急に、思ったんですよ。それで知り合いのシェフにつくってもらって。それで毎月100個くらいなんですけど、オンラインでちょっと売ってみたりして。そしたら凄く楽しくなって来ちゃって。商品考えてコンセプト考えて、フレーバー考えて、サイトつくって……それが儲けになるとかではないんですけど、凄く楽しい。
濱野:それは、趣味がいつの間にか、事業になってしまうヤツでは?(笑)
井川:「このビジネスをグロースするには……」とか考え始めちゃうと“お仕事”になっちゃいますけど、ただただ「美味しいものをつくりたい」「みんなとシェアしたい!」という気持ちでやるのが、楽しいんですね。まぁ、趣味という感じですけど。
濱野:マイクロコマース、自分が好きだと思うものを周囲の人に届けたいということは、個人でもやっていけることだし、増えていく気がしていて。これって、インターネットやITの普及で最近“出来るようになってきた”こと。もしかしたら、そういう商売のやり方が、未来の在り方なのかもしれないよね。
井川:ひとつひとつの活動は小さくても、私が「これってすごくいいと思う!」とおススメしている商材の、その先にいるファンの人達が繋がっていったらいいなというのは思っているんですよね。そういう方達に、私が新たにブランドを持ってくる時に試して貰うような相互的な関係があったらいいなと思ったりしているんです。
濱野:「井川さんが支援しているブランドや企業なら、面白い商品かもしれない」と思ってくれる顧客層が、将来的に出来たら面白い……ということだよね。それは、出来そうな気がするなぁ。「これいいなぁ」と思っていたプロダクトデザインが、蓋を開けてみたら同じデザイナーの手によるものだった!……というのことは、今でもあるよね。井川さんはそれを“ビジネスデザイン”でやろうとしているのかもしれないな、と思いました。
井川:「ファンは誰か」「顧客は誰なのか」というのは、自分にとってもずっとテーマですし、どの企業に行っても、いつもその話をしているんですよね。だからすごく大事なテーマだと思うんですが、まだ自分の中にもハッキリした答えはなくて、悩みながら、試行錯誤している……そんな、今日この頃です(笑)。
(取材・構成・文=プリズマ編集部)
「the engagement commerce platform for wow! experiences」をコンセプトに、小売業における顧客エンゲージメント向上の支援、戦略的OMOを実現するプラットフォーム提供を行うプリズマティクス株式会社が運営する、オウンドメディア『プリズマジャーナル』編集部。
『プリズマジャーナル』では、プリズマティクスで活躍するコンサルタントが執筆するコラム「徒然ジャーナル」、業界の先端を走り続けるプリズマティクスアドバイザーからの寄稿文など、小売業の皆様に向けて伝えたいこと、耳寄りな情報などをお送りします。
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