井川沙紀×濱野幸介【wow!シリーズ】対談前編「地元の方々に見捨てられたら“終わる”と、本気で思っていました」
ブランドや商品の「ファンづくり」において先進的な取り組みをされてきたトップランナーをゲストにお迎えし、プリズマティクスCEO濱野がお話を伺う対談シリーズ「What is your “wow!” experiences? ~あなたの“ご贔屓”教えてください!」(wow!シリーズ)。今回はインフロレッセンス株式会社CEO 井川沙紀氏をゲストにお迎えしました。
新卒入社した大手人材派遣会社で新規事業立ち上げを経験したことを皮切りに、数多くの日本上陸事業支援に深く携わってきた井川さん。2022年に独立し、これまでの幅広い業務経験から、企業ブランディングやコミュニケーション戦略のコンサルティングなどを行っています。前編となる本記事では、日本上陸事業での課題感や、ブルーボトルコーヒーでの“ファンづくり”について、詳しくお話を伺いました。
(取材・構成・文=プリズマ編集部)
井川 沙紀
インフロレッセンス株式会社 代表取締役。これまで様々な企業で新規事業開発や、ブランドビジネスのマーケット展開に従事し、ブランディング・広報・PR領域を担当。直近では、米ブルーボトルコーヒーの日本ローンチを担当後、日本代表、アジア代表を経て、米・本社の経営メンバー(Chief Brand Officer) としてグローバル全体のブランドの統括責任者として勤務。現在は、日本及び米国企業のブランディング・コミュニケーション戦略のコンサルティングを行いながら、大学の特任教授(客員)や社外取締役として活動している。
濱野 幸介
アクセンチュア株式会社(当時アンダーセン・コンサルティング)に8年間在籍後、株式会社リヴァンプにてCTOなどを経験。その後、株式会社良品計画ではアドバイザーとして「MUJI passport」を中心にマーケティング全般の企画・運営を技術面より支援。2016年にプリズマティクス株式会社を設立しCEOに就任。顧客と各企業・ブランドとの絆を深める良質な体験の場を「エンゲージメントコマース」と捉え、その構築に向けたプラットフォームとコンサルティングサービスを提供している。
目次
1.頼まれると、なんでもやっちゃう「ブルドーザー」気質 2.飲食ブランドの海外展開1号店、全く何もないところからの出発 3.バズらせることと、ビジネスを根付かせることのジレンマ 4.「綺麗事じゃなく、地元の方々に見捨てられたら“終わる”と思った」1.頼まれると、なんでもやっちゃう「ブルドーザー」気質
──ファンづくりの最前線でご活躍されている一人として、今日は井川さんにおいで頂きました。実は、CEO濱野さんと前職でご一緒だった、と伺っております。
井川:自分がそれまで携わってきた「新規事業」「PR」というキャリアが、海外事業の日本上陸支援というところで生かせるのではないかと考えて転職先を探していたときに、リヴァンプという会社を知って応募しました。応募当時は、たまたまプレッツェルの日本上陸のタイミングだったので、その1号社員として入社させて頂きました。そこで濱野さんとお会いしたんですよね。
濱野:井川さんといえばPR、というイメージがありましたけど、それまでに新規事業立ち上げも経験してきていたんですね。
井川:業務としては「広報」として入ったのですが、とはいえ1号社員でしたので、物件を決めたり人を採用したりと、バックオフィス全般を担当することになりました。その体験が今でも大きな財産になっていると思います。
濱野:リヴァンプは一人に任せる業務の幅広さがちょっと、広すぎたような気もします(笑)。そこに、抵抗は無かったんですか?
井川:そうですね、むしろそういうリヴァンプのやり方が自分にマッチしていたというか……頼られたらなんでもやっちゃう、気合いと根性!というようなメンタルが、ちょっと、あるかもしれません。社内でも「ブルドーザー」と呼ばれていました(笑)。
2.飲食ブランドの海外展開1号店、全く何もないところからの出発
濱野:もともと新規事業をやってきていたから、そういう状況に慣れていたのかもしれないね。リヴァンプに来たことで、1を10にする、10を100にする、というようなフェーズまで経験して、その後はどんな仕事をされていたんですか。
井川:リヴァンプに4年程在籍したところで、日本の飲食ブランドを海外進出させるという仕事にお声かけ頂きました。海外展開について土台が全く無い状態だった企業でしたので、ハワイに移り住んで会社を立ち上げるところからやりました。本当に大変でしたが、「飛び込ませていただいた」という感じで、本当に色々な経験をさせて頂きましたね。その仕事がひと段落した頃、リヴァンプ時代の知人に「ブルーボトルコーヒーが日本上陸するから、やらないか」とお声かけ頂き、2014年11月に入社しました。
この時もPRと人事のマネージャーとして採用されたのですが、全く何もない状態でしたので、結局バックオフィス系はほぼ1人で全てやることになりました。アメリカ以外の1号店が日本ということもあり、つまり「海外展開をする土台がない」ということは前職と同じ状態だったので、早速経験が生きたと思います。オープン日が3ヶ月後と決まっていたので、とにかく、なんでもやる、なんとかする!……という感じで。
ようやくオープンに漕ぎ着けた後、アメリカ本社から「実質的に業務を回しているのだから日本法人の代表をやらないか」とオファーがあり、いろいろ悩んだのですが受けることにして、それから3年、代表をやりました。それまで事業者の代表をやるようなマインドで仕事をしてきていなかったので、代表になっても従業員的な感覚が抜けずに、しばらくはかなり戸惑いましたし、苦労しましたね……。
ただ本国の方も、経営者としてはドシロウトの私をトップに据えたという認識はあって。厳しく結果を追求する一方で、手取り足取りサポートもしてくれたので、なんとか体当たりして学ぶということができたと思います。今となっては、すごくラッキーな体験だったと思います。
3.バズらせることと、ビジネスを根付かせることのジレンマ
濱野:ブルーボトルの時は、お店を増やしていくとかファンを増やしていくというところはどのように進めていったんですか。進出前からとても話題になっていたし、注目されていたように記憶しているけど……。
井川:そうですね。ちょうど日本上陸の時期に大規模な投資を受けたり、テック系の人達の間で話題になって「コーヒー界のApple」と言われたりしていたこともあって、飲食業界だけでなくビジネス的な側面でも話題にしていただくことが出来たのは、ラッキーだったと思います。1号店のオープニングスタッフの募集をかけたら、なんと400人もの応募があったりということもありました。
ただ、それまで「日本上陸」を何社もお手伝いしてきた経験から、バズらせることをKPIにはしたくなかったんです。バズらせて、行列をつくることは出来ても、お客さんが継続的に来てくれないと結局いつか撤退していくことになってしまう。
残念ながら、自分がお手伝いして日本上陸したブランドが、一度は注目を浴びたにもかかわらずそのような結果になってしまったことも、あります。ちょうどブルーボトルのお声掛けを頂いた頃、「あんなに熱意をもって取り組んだ事業なのに、どうしてこのような結果になったのだろう……」と、ジレンマというか、無力であることを感じてしまっている時期でもありました。
濱野:つくる、立ち上げる、ということは勢いで出来ても、継続するかどうかというのはまた別の問題で、難しいですよね。
井川:ブルーボトルコーヒーの面接では、それを、正直に言ったんですよ。「儲けるために海外展開、アジア展開するということならそれは割り切りでアリだと思うけど、もし現地に定着して長く関係を築きたいのなら、バズって注目を集めることに注力するというのはブランドのためにならないので、やりたくない」って。
濱野:本当に!?(笑)
井川:それでOK、ということで入社したんですよ。だからPRについても、以前であれば話題になるならと何百もの媒体にアピールするということをしていましたが、20媒体に絞って、でも一つ一つの媒体としっかり向き合って、取材してもらうということをしました。
4.「綺麗事じゃなく、地元の方々に見捨てられたら“終わる”と思った」
井川:あと、やっぱり業態がコーヒー屋なので、地元の人が気軽に定期的に来てくれるようなお店でなければならないと思ったんです。地元の方々に見捨てられたら“終わる”と、本気で思っていました。ですから、第1号店のある清澄白河の方達に、どうファンになっていただくか、受け入れていただくかということについて、とても考えていましたね。
例えばオープンからしばらくは、注目度の高さもあり、近所をお騒がせしてしまうと予想がついていたので、メディア向け内覧会より前に地元の方をお招きする日をつくりました。近所の方達には一軒一軒ご挨拶に伺って、是非オープン前に一度来て頂きたいとお伝えして。当日は本国から社長に来てもらって袴を着せて、皆で餅つきをして。地元の方々と一緒に、この地域を盛り上げていきたいという気持ちをお伝え出来るようにしたんです。
濱野:それは、すごい……。
井川:他にも地域に貢献するためには何が出来るだろうと考えて、20店舗くらいに協力していただき、手描きでオススメマップをつくりました。沢山のお客様がわざわざ清澄白河まで来てくださるので、ブルーボトルコーヒーだけでなく地域のお店巡りをしてくれたらと思ったんです。入店待ちの行列のお客様にそのマップを配って、「このあと是非行ってみてくださいね」とお伝えして。とにかく、お店のある町にどう還元していくか、町の人達に受け入れていただく、レギュラー顧客となっていただくことが、最もやらなければならないことだと思っていました。
濱野:今日初めてこの話を聞いていて、「そこまでやっていたのか!」って、ちょっと衝撃を受けています。またこれが、決して綺麗事じゃない、「今後支えてくれる人達がいなければ、事業が続いていかない」という実体験、現実を踏まえた上での行動ということが興味深いですね。
井川:非常に“草の根”的なことではあるんですが、ビジネス的にもそこが非常に大事であると考えてやっていました。
あとは、もともとこのブランドが愛されている理由や受け入れられてきたスタイルを、日本でもなるべく再現したいと考えて、そのような方針で事業展開を進めました。本国では非常にローカルな店舗展開を大事にしているブランドが、日本上陸時にはキラキラした大規模商業施設に鳴物入りで出店する、という戦略を取ることが少なくありません。それまでのお仕事の中で、このギャップには考えさせられたことが多かったんです。
もちろんビジネス的には、バズって行列が出来て、売れる店というものは歓迎されますし、必要な側面ではあります。でもそればっかりやっていたら、ライフスタイルを伝えていくことは出来ない。カルチャーにならずに終わる、って思っていたんです。
ブランドのポテンシャルを最大限に発揮できるように、店舗戦略については本国とかなり議論を重ねました。これはブルーボトルコーヒー日本の代表として、“自分の事業として”日本上陸をやる、という機会をいただいたからこそ、実現出来たことだと思います。
(後編に続きます)
(取材・構成・文=プリズマ編集部)
「the engagement commerce platform for wow! experiences」をコンセプトに、小売業における顧客エンゲージメント向上の支援、戦略的OMOを実現するプラットフォーム提供を行うプリズマティクス株式会社が運営する、オウンドメディア『プリズマジャーナル』編集部。
『プリズマジャーナル』では、プリズマティクスで活躍するコンサルタントが執筆するコラム「徒然ジャーナル」、業界の先端を走り続けるプリズマティクスアドバイザーからの寄稿文など、小売業の皆様に向けて伝えたいこと、耳寄りな情報などをお送りします。
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