逸見光次郎×濱野幸介【wow!シリーズ】対談前編「お客さんに届いていないのに、業界が続くはずがないと思った」
ブランドや商品の「ファンづくり」において先進的な取り組みをされてきたトップランナーをゲストにお迎えし、プリズマティクスCEO濱野がお話を伺う対談シリーズ「What is your “wow!” experiences? ~あなたの“ご贔屓”教えてください!」(wow!シリーズ)。今回は株式会社CaTラボ代表、日本オムニチャネル協会理事の逸見氏をゲストにお迎えしました。
逸見氏はソフトバンクでイー・ショッピング・ブックスの立ち上げに参画、イオンでネットスーパー事業の立ち上げ、グループのネット戦略構築などを通じて、オムニチャネル戦略の支援を手掛けてこられました。前編となる本記事では、逸見氏の「本」や「書店」にまつわる数々の縁と偏愛っぷり、そして“ネット書店”黎明期を動かし続けた情熱について、お話を伺います。
(取材・構成・文=プリズマ編集部)
逸見光次郎
大学で歴史学を専攻し、新卒で三省堂書店に入社。ソフトバンクでイー・ショッピング・ブックス社(現セブンネットショッピング)立ち上げに参画。アマゾンジャパン、イオン、カメラのキタムラにて、インターネットを活用したオムニチャネル事業戦略や立ち上げを手掛け、その後独立。現在は株式会社CaTラボを設立。オムニチャネルコンサルタントとして数多くの企業へ支援を行っている。日本オムニチャネル協会理事、流通問題研究協会特別研究員、株式会社ピアリビング取締役等を兼務。株式会社プリズマティクスではアドバイザーを務める。
濱野 幸介
アクセンチュア株式会社(当時アンダーセン・コンサルティング)に8年間在籍後、株式会社リヴァンプにてCTOなどを経験。その後、株式会社良品計画ではアドバイザーとして「MUJI passport」を中心にマーケティング全般の企画・運営を技術面より支援。2016年にプリズマティクス株式会社を設立しCEOに就任。顧客と各企業・ブランドとの絆を深める良質な体験の場を「エンゲージメントコマース」と捉え、その構築に向けたプラットフォームとコンサルティングサービスを提供している。
目次
1.好きなものは、ずっと、本と写真。それが仕事になっている 2.「給料日だから、ちょっと本屋行こうか」な家庭で育まれた“本の虫” 3.書店勤務時代の逸見氏は “歩く本検索サイト” 4.書籍流通を変える黎明期、背中を押し続けたのは、ある“おっちゃん”の言葉 5.デジタル時代ならではのやり方を! “書店”が出来ることは、まだ、沢山ある1.好きなものは、ずっと、本と写真。それが仕事になっている
── 本対談シリーズ「What is your “wow!” experiences? ~あなたの“ご贔屓”教えてください!」では、ファンづくりのトップランナーご自身の「wow!」について伺っていくのが醍醐味の企画となっております。
濱野:今日はまた、好きなやつ、持ってきて頂いてますね!(笑)
逸見:何かネタが無いといけないかな〜?って思って、持ってきました。「カメラのキタムラに入ってから、カメラ買うようになったんじゃないか」って言われることが多いんですけど、小学生の頃から、写真は、撮ってたんです!
逸見:私の好きなこと、といったら本と写真しか無いので、いつも仕事しながら「好きなことばっかりやってて、すいません」て気持ちになるんだよね……(笑)。
濱野:じゃあ今回は「本とカメラと私」をテーマに、お話を伺っていきましょう!
2.「給料日だから、ちょっと本屋行こうか」な家庭で育まれた“本の虫”
逸見:まずは本の話からしていこうかな。本は子供の頃から読んでいて、家族も本好きで……実はもともと、祖父が書店をやってたんですよ。戦争から帰ってきた後、赤坂で書店を開いて洋書を仕入れて、売ってた。そういう家だったから「給料日だから、ちょっと本屋行こうか」っていう謎の習慣があったね。小学校5年生で引っ越してからは通学時間が長くなってね、片道1時間半くらいあったから、その時間で文庫本1冊は読めちゃう感じだったな。
濱野:どんなジャンルを読んでたんですか?
逸見:兄の本棚にあった、いろんなジャンルの本を読んでたなぁ。兄の影響は大きいですね。覚えているうちで、一番最初に読んだ小説は『白い巨塔』。
濱野:お、重いですね(笑)。いつ頃読んだんですか?
逸見:最初に読んだのは、小学校3年生くらいの時。「浪速(なにわ)大学」っていうのが読めなくて、辞書を引いたのを覚えてるよ。地名は難しいんだよ。「財前(ざいぜん)教授」は音読みだから、なんとか読めたんだけど、「浪速」はねぇ……関東の人間には読めないよ。その時は理解出来ないところが多すぎて、数年おきに何度か読んでた気がするなぁ。歴史の専門書とかも、中高生の頃からずっと読んでたね。それで、大学は史学科に行きました。
濱野:そもそもどうして、そんな子供の頃から歴史書を読もうと思ったんですか?
逸見:子供の頃に読んだエジプトの発掘の本に影響を受けて、ずっと古代史が好きで。考古学をやりたかったんだけど、その頃はやってる先生が少なかったので、史学科を受けました。いやー、多分、史学科じゃなかったら大学に入れていなかったと思う。本読んでばっかりで、勉強なんかしてなかったから。
濱野:その……ここまで聞いてきて、本を好きになったきっかけって、ホントに、家に本があったからっていう、それだけなんですか。“本好き”って、そんなに自然になるものなんですか?
逸見:っていうか、何かを調べるには、本しか無かったからね。インターネットが無かったから。
濱野:広辞苑とかは、ウチにもありましたけど……。
逸見:子供の頃は、辞書を読むのが楽しかったからね。
濱野:ええ?
編集部員K:私も史学科卒で、とてもよく分かります! 私は漢和辞典がめちゃくちゃ好きでした。
逸見:そうだよね! 楽しいよね!!
濱野:きょ、共感出来ない〜(笑)。
3.書店勤務時代の逸見氏は “歩く本検索サイト”
濱野:インターネットが無い時代に、それだけ本好きで、どうやって目的の本を探していたんですか。
逸見:書店に行くしかないよね。中高時代は基本的に毎日本屋に行ってたし。大学に入ったら地元の書店に「どうせ毎日来てるんだから」とか言われて、バイトするようになった。次第に勤務時間が増えていって、大学から帰ってきて閉店までずっといたり、土日は朝9時から夜9時まで書店で働いてたりしてましたね。書店バイトしているうちに、「本が好き」「書店が好き」だったのが、「本を売るのが好き」になっちゃったんですよ。それで、史学科卒業後は三省堂書店に就職しました。
当時、配属フロアにあった在庫は当然、全部覚えてたし、三省堂神田本店に在庫が無い時は近隣書店をお客さんに紹介してましたね。週に1回は見て回っていたから、近隣書店の在庫も知ってたんです。新刊も当然覚えていたし……当時の新刊台帳って、毎朝、手で書いていたんですよ。ホラ、書いてたら覚えるじゃないですか?
濱野:……なんだろう、全く共感出来ない(笑)。
逸見:お客さんは情報が無いから、「今何が流行ってるの」とか、いろいろ聞いてくるんですよ。何かの書評をきっかけに聞かれることもあれば、実際によく売れてるものを探してることもある。「今度は何読んだら面白い?」という場合は、最近読んだ本を2〜3冊聞いて、「だったら、これどうですか」って紹介したりして。お客さんは“正解”が欲しいんじゃなくて、コミュニケーションすることで自分の関心を絞って欲しいだけなんですよね。
濱野:人間版Googleだなぁ。
逸見:私が就職したのは1994年。インターネットが普及し始めたのは1995年以降だけど、まだまだ従量課金で接続しなきゃいけない時代で、自由に情報を検索出来るという状況じゃなかった。
神保町は古本屋街もありますから、絶版の本だったらかえって案内しやすいくらい。「ウチ出てちょっと行ったところにXX書店さんがあって、そこの中2階がだいたいそのテーマですよ。分からなかったら、そこに座ってるおっちゃんに聞けば絶対教えてくれますよ」とかね。せっかく神保町まで来てくれたのに、手ぶらで帰すわけにはいかない、申し訳ないって、本当にそう思ってたんです。
4.書籍流通を変える黎明期、背中を押し続けたのは、ある“おっちゃん”の言葉
逸見:三省堂神田本店に配属された頃、地方のおっちゃんから本を送ることを頼まれた時に「配送料がすごく高いですよ」と、思わず言ってしまったことがあるんです。でも、「配送料を支払ってでも、こうやって兄ちゃんに頼んだほうが安いんだよ」と言われて。(※編集部註:本エピソード詳細は「“オムニチャネル”、古くて新しいこのキーワードの本質は?〜顧客に寄り添った“オムニチャネル”実現に向けて〜」にてお楽しみください)
逸見:本は、全国津々浦々、同じ定価で買えるために再販売価格維持制度というのがあるんです。でも、全国2万の書店があったとして、初版2~3,000部の本なんてザラだから、全く行き渡らない。初版数万部刷っていても、“売れる”本なら大手書店のいくつかが、そのうちの多くを押さえちゃう。だから、均等になんか行き渡っていないんですよ。これは、ますますおかしいと思って。ネットでなんとか出来ないのかな、って考えるようになった。
1996〜97年頃、書店のパソコンは取次のイントラネットに繋がっていたので、本の情報検索は出来る状態だったんです。黒い画面に緑色の文字で、カタカナ検索しか出来なかったけどね。検索結果をプリントアウトしてお客さんにお渡ししていた。検索したからといって必ずデータに行き当たるわけじゃないので、三省堂は良心的に「検索してデータに行き当たったら、50円貰います」ということで、お客さんから“検索料”を貰っていた。
濱野:手間料ですか?
逸見:そう、手間料と、あと、通信料もかかっていたからね。でも「ここまでデータがあるならもう一歩だよな」って思ってた。そこで、今で言うITパスポートの資格を取って、1998年に社内の取り寄せサービス管理やネット書店みたいなものを企画して上司に提案したんだけど、やらない、って話になって。それで、どうしようかなって思ってたら、1999年に「日本初のインターネット書店をつくる!byソフトバンク」って広告を見て。それでその後は、インターネットの世界に行った。
濱野:もしお話し頂けるようでしたら、その時なんで「やらない」って判断になったのか、教えて頂けますか。
逸見:理由は知らされなかったし、分からなかった。ただ、当時やろうとしたら、ハードルはめちゃくちゃ高かったと思います。サービスを立ち上げるにしてもまず、マスターが無いしね。データも無い。例えば表紙画像なんかも、当時55万位の流通書籍があったのに、取次のトーハンのマスター上で画像があったのは2.2万位だった。それで「差分、どうするんだ」って詰めたりしてね……。でも、“あの時”のおっちゃんの言葉がずっと頭に残ってるから「とにかくこれを、やらないといけない」って、そういう思いだった。
濱野:やるべきことに出会っちゃったんですね。業界的には異端だったと思うんですけど、あくまでお客さん目線で「おかしいじゃん」という思いだったんですね。
逸見:業界慣習なんてどうでもいい!というよりは「お客さんに届いてないのに、業界が続くはずがない」と思った。
濱野:その課題意識は、逸見さんの仕事観があくまで「生活者の快適性をどうにかしたい」というところに根差しているからこそ、という気がします。
逸見:いやー、そう言うとカッコ良くに聞こえますけど……。ある時「お客さんが満足することに満足するのも、結局は自己満足だよね」って言われたんです。それから、「あ、これは自己満足の為なんだ」って割り切ったところがあるんです。で、そう割り切っちゃうと、べつに、お客さんが喜んでくれようとくれまいと関係ない……って話かもしれない(笑)。
濱野:ある意味で、ファンの最終形な気もしますね(笑)。
5.デジタル時代ならではのやり方を! “書店”が出来ることは、まだ、沢山ある
濱野:今、リアルの書店がだんだん少なくなっていますよね。それはネットの普及とかいろいろな理由があると思うんですが、そういう時代、今後「本屋さん」や「本」のファンとの関わり合い方って、どうなっていくと思われますか。ファンの1人として、逸見さんがどう思っているのかを伺えれば。
逸見:昔は、本に出会う場所って、書店しかなかった。実物だけじゃなくて、情報の接点としてもそうだった。でも今、そういう“場”は凄く増えていて、ネット、ソーシャル、動画もある。出版社や著者からの情報もあれば、読者からの情報発信もある。そうなってくると、今度はどれだけ情報をコンパクトに伝えていけるのか、ということが重要になってくる。
作り手は思いが強くて当たり前だし、読み手も好きなものしか読まない。読者にとっては、作り手の情熱はある意味関係なくて「面白いものに出会えればいい」っていうことだけ。だからこそ、作り手と読者という両者の間に「書店」が入る意味があると思うんです。
濱野:僕、AmazonのAPIを使ってみたことがあるんですけど、自分の興味がある本や持っている本を基軸にしてお勧めを揺らがせたことがあって。そうすると、他の人が読んでる本がそこに加わるんですよね。関連性の強いやつは大抵知ってるんですけど、そうじゃないものを見てくと、だんだん「こんな本あるんだ」というのが出てくる。
逸見:好きな作家が好きな本を紹介したり、その作家の師匠を紹介したりとかも出来ます。そうすると、既に関心あるテーマから新しいテーマにいくことが出来る。元の作家と文体が似てたり、考え方が似てたりということで、入りやすい入り口がある。「広げる」という役割は、書店だけが出来る役割だと思ってるんです。
初めはなかなか結果が出ないかもしれないけど、ずっとやっていたらお客さんがついてきます。しかも今は、リアルのお客さんだけじゃなくて、遠方のお客さんもついてくれる時代です。そのためにライブコマースをやったりだとか、子供向けの読み聞かせだって、オンラインでやったっていいわけじゃないですか。そういうのは、コロナ禍とか関係ないですよ。いろんなやり方があるはずなんです。本の世界は、もっと出来ることがいろいろあると、私は思っているんです。
濱野:書店が、買ってくれた方とかの興味や関心を広げるような“場”の提供をした方がいいよね、ってことですよね。
逸見:そう。その時にやっぱり、何か道具が無いと、お客さんの細かいログまで覚えきれないと思うんだよね。私はちょっと頭がおかしいヒトだから、フロアの本を全部覚えるとか、お客さんの顔を全部覚えるとかしていましたけど、これを人に強制することは出来ない。「このスキルがないと出来ない」みたいなことを皆が言うから若い人達が嫌になっちゃったんだと思う。
もともとデジタルで育った人達はデジタルで調べたらいいと思うし、お客さんと繋がるのもデジタルを使えばいい。キタムラでやり出した「タブレットで接客する」っていうのは、まさにそういうことなんです。
(後編に続きます)
「the engagement commerce platform for wow! experiences」をコンセプトに、小売業における顧客エンゲージメント向上の支援、戦略的OMOを実現するプラットフォーム提供を行うプリズマティクス株式会社が運営する、オウンドメディア『プリズマジャーナル』編集部。
『プリズマジャーナル』では、プリズマティクスで活躍するコンサルタントが執筆するコラム「徒然ジャーナル」、業界の先端を走り続けるプリズマティクスアドバイザーからの寄稿文など、小売業の皆様に向けて伝えたいこと、耳寄りな情報などをお送りします。
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