“オムニチャネル”、古くて新しいこのキーワードの本質は?〜顧客に寄り添った“オムニチャネル”実現に向けて〜
「なぜ自分は、デジタルを活用する“オムニチャネルコンサルタント”になったのか」ということを、最近よく考えます。
私は大学卒業後、三省堂書店に就職し、本の街神保町にある神田本店配属となりました。元々本が好きで、学生時代に地元書店でアルバイトをするうちに本を売るのが好きになり、この業界に就職しようと決めていました。
神保町に来るお客様は本を探しに来る人。1994年当時はネットも普及しておらず、本をネットで買う事も一般的ではなく、そもそも本を検索することは難しかったのです。新刊書店・古書店が多く集まる神保町に来れば、探している本に出会うチャンスも増えるだろうと、多くの人が考えていました。だからこそ私はお客様を手ぶらで帰すのが嫌で、自店だけでなく近隣書店の在庫もチェックし、案内することもありました。
今考えれば、顧客満足を高めてLTV(ライフ タイム バリュー)を伸ばすマーケティングとして正しいのですが、当時はそんな知識も無く、ただただ、わざわざ神保町に来てくださったお客様に対して「探していた本と出会って欲しい」という想いがあっただけでした。
古くは「クリック&モルタル」「O2O」、現在は「OMO」「オムニチャネル」と言われている仕組みについて、『プリズマジャーナル』で連載を始めるにあたり、まずは、私自身の販売員としての経験からお話ししていきたいと思います。
目次
1.店舗があるからこそネットでも買う! 店舗受取7割の驚き 2.クロスチャネルとオムニチャネルの違いとは 3.顧客との継続的な関係構築に“オムニチャネル”を活用 4.ネットが強い企業も店舗接点を活用できる 5.まとめ1.店舗があるからこそネットでも買う! 店舗受取7割の驚き
当時、三省堂書店神田本店では、電話で注文を受け、手数料、送料、書籍代を振り込んでいただき、発送する、というサービスを行っていました。本や雑誌は「文化的商品」ということで、出版社→卸→書店という流通の中で「再販売価格維持制度」によって定価販売が義務付けられています。ところがある日、お客様から本を送って欲しいという電話を受けた時、本の代金よりも送料・手数料が高くなってしまいました。
そこで私はお客様に「本当にこの金額でも宜しいのですか?」と、思わず聞いてしまいました。するとお客様は「兄ちゃんな、ウチから近くの本屋までは遠くて、電車賃もかかる。しかもその書店に本があるとは限らない。そうすると注文して、また取りにいかなくちゃいけない。その電車賃と時間を考えたら、兄ちゃんに頼んだ方が安くて早いんだよ」と仰いました。
そうなのか、と思いつつも、「本は全国どこでも同じタイミングで、定価で買えるはずなのに、おかしい」という思いが強くなりました。その後、支店に異動してもその思いは消えず、情報処理試験の初級資格を取って、何らかのネットサービスを立ち上げたいと思った時に見たのが、日経新聞に出ていた「日本発のインターネット書店を作る」というソフトバンクの広告でした。
インターネットで本を注文して、宅配でもセブンイレブン店舗でも受け取れるサービスとして、ソフトバンクの事業部から事業会社化したのが、イー・ショッピング・ブックスでした(eS!Books、現セブンネットショッピング)。お客様は、自宅もしくは学校・職場の近くのセブンイレブンを指定して受け取る方が多く、なんと、7割もいらっしゃいました。ネット通販といえば、カード決済と宅配、だと思っていた私は、当時とても驚きました。
大学受験の赤本や看護学校のテキストなど、専門書店以外ではなかなか手に入らない本が、近くのセブンイレブンで現金で入手出来るので、クレジットカードを持っていない方も多く利用してくださったのです。この体験が私のネット通販の原体験となり、「日本でネット通販を展開する時は実店舗が有った方がいい」と考えるようになりました。当時は「クリック&モルタル(ネットと建物)」と言われていました。
2.クロスチャネルとオムニチャネルの違いとは
きちんと売り手の想いを伝え続けて、一度利用してくださったお客様には継続的に利用していただけるようにするのが、オムニチャネルの基本です。ネット上でSNS等を通じて、お客様と双方向のコミュニケーションをすること、企業側が持つ在庫情報や商品情報はもちろん、会員情報や購買履歴をきちんと活用してお勧めすることが、とても重要になります。
シングルチャネル→マルチチャネル→クロスチャネルと、商品がチャネルをクロスして購入出来る状態から、オムニチャネルに進化するためには、データや双方向のコミュニケーションが重要です。単にネット注文→店受取、店舗で注文/支払→自宅宅配受取するのは、クロスチャネルでオムニチャネルではありません。
今のネットスーパーは、店舗そのものです。注文こそネットで受けますが、その後の対応は店舗業務そのものです。事務所で受注リストとピッキングリストを印刷し、店頭の棚からピッキングし、温度管理しながらパッキングし、配送する。そのせいか、価格も店舗のセールに合わせて変動する事が多いです。
しかしよく考えてみると、コストをかけて対応しているわけですから、本来はネットスーパー用の値付けや、手数料設定が必要なはずです。店舗に来て下さったら店頭の価格で、ネットスーパーでお届けする場合は、必要な利益を上げて事業を継続するために売価と手数料をきちんと考える必要があります。スーパーと付くから同じ価格という先入観があるのであれば、ネットスーパーではなく食品宅配とした方が良いのかもしれません。
3.顧客との継続的な関係構築に“オムニチャネル”を活用
オムニチャネルは大きな投資を伴うと考えられていますが、それは間違いです。中小の小売や、規模が大きくない生産者にこそ、オムニチャネルの考え方を活用いただきたいのです。
高い広告費をかけて集客しなければならなかった時代は過去のものとなり、今はSNSで安価に集客出来るようになりました。価格競争はネットでもリアルでも存在しますが、それよりも商品やサービスの品質や独自性が評価され、世界観がきちんと伝わる方が買っていただけます。
いくら価格が安くても、買った後の対応が不十分であれば、そこではもう買いたくなくなりますし、今はすぐにネット上でその評判が流れてしまいます。オムニチャネル化し、継続的なコミュニケーションが取れてさえいれば、どれだけ距離が離れていてもご利用いただく事が出来るとも言えます。
説明販売やアフターフォロー、継続的なサービスが必要な専門店は、オムニチャネルに向いています。継続的なコミュニケーションを取りやすいからです。規模の大小に関わらず、ネットを活用して情報提供と販売を行い、その後のコミュニケーションにもネットを活用する事で、専門店はコストと時間を節約する事が出来ます。これは、お客様側も同様です。
コロナ禍で非常に苦戦していた飲食や理美容も、徐々に回復の兆しが出てきている今、オムニチャネル化は必須の業種だと考えています。ネット予約により、お店もお客様もお互い効率よく時間を活用出来ます。さらに踏み込むなら、予約はネットで、変更・キャンセルは電話で、ではなく、全てネットで、数時間前まで変更・キャンセル出来ると良いでしょう。
「そんなことをしたらキャンセルが増える」と思われるかもしれませんが、お店を気に入っているお客様であればそんなことはしません。また初めての方でも、スムーズにネットで変更・キャンセルが出来るのなら、キャンセルではなく変更にする方が多いでしょう。
すぐキャンセルする方はどのような手段でもキャンセルするし、連絡無しでキャンセルするかもしれません。その方たちをブロックするために、良いお客様の利便性を下げるのは、お店にとってマイナスです。継続的にご利用いただけるようにサービス構築する事が、結果的に常連顧客を増やす事になるのです。
4.ネットが強い企業も店舗接点を活用できる
Amazonは非常に便利です。検索性に優れ、納期も早い。届いた商品が不良品だった場合の、「すぐに返金します」といった対応も早いです。こうした面で、多くのお客様の満足度を生み出しています。一方で不良品に際して「お手元の商品はご自由になさってください」となった時に、「合理的で良い」と思うか「なぜこちらが処理しなければならない?」と違和感を感じるかは、お客様次第です。
対面する拠点が国内ではほぼ無いからこそ、早く届けないとキャンセルになるかもしれない。クレームにならないように合理的なシステムと運用で対応する。良く出来たシステムだからこそ、売り手が誰なのか、その思いが伝わるのかはきちんと考えて出店しなければなりません。
ネットには様々な利点もありますが、大きな弱点があります。対面での接点が少ない、もしくは無いことで、新規のお客様の信用・信頼を得にくく、利用のハードルを上げてしまいます。そこで、ショールームやポップアップストアの形でリアルの拠点をつくることで、初めての方はもちろん、継続利用のお客様との接点としても活用でき、関係性を強化することにつながります。
その接点の評価軸は売上ではなく、来客数、もしくは来店後にネットで会員登録していただいたことが対象となります。ここで方向性を間違えて「売上重視」にしてしまうと、お客様も働く人もモチベーションが下がってしまいますので、注意が必要です。
5.まとめ
これまで「店舗とネットの融合」は、語られ続けてきました。古くは「クリック&モルタル」「O2O」、今は「OMO」や「オムニチャネル」と言われています。私は、いずれの言い方でも構わないと考えています。その本質は、お客様に対して店舗もネットもシームレスに(継ぎ目なく)使いやすくすることです。
そもそも、店舗に強みが無ければネットを活用する事は出来ません。「仕組みを入れたらすぐに儲かる」という事はありません。まずは自社の商品・サービスへの想い、お客様はなぜ買って使ってくださっているのかという仮説を立て、その上で仕組みについて考える必要があります。
次回は、海外のオムニチャネル事情に触れながら、“オムニチャネル”の姿を明確にしていきたいと思います。
執筆者プロフィール
逸⾒ 光次郎 Adviser(アドバイザー)
三省堂書店店舗勤務、ソフトバンク・イー・コマースのちセブンネットショッピング立ち上げ、アマゾンジャパンBooksMD、イオンにてネットスーパー立ち上げとデジタルビジネス戦略担当、カメラのキタムラ執行役員EC事業部長としてオムニチャネル化推進を経て独立。
株式会社CaTラボ代表 オムニチャネルコンサルタント。日本オムニチャネル協会理事、防音専門ピアリビング取締役等を兼務。
店舗とネットを融合し、顧客満足を高める買い物の楽しさを追求し続けている。
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